第48話 傷あと
最強の俺は心肺機能も人類最強なので、数分呼吸を重ねれば酸欠状態も概ね回復した。
にしても、レアが居なくて本当に良かった。
もしアイツに今回の一部始終を見られていたら、鬼の首を取ったとでも言わんばかりに一体どんなチクチク言葉を向けられたことか。
「エイハ。この件はレアには内密に頼む」
「あ、うん、分かった……まだ短い付き合いだけど、キミ達がお互いに対抗心を燃やしてるのは火を見るより明らかだし……弱味を握られたくはないよね」
何を言うんだエイハ。対抗心だなんて馬鹿馬鹿しい。レアの奴が一方的に突っかかって来てるだけだっつーの。
こちとら天才オブ天才、最強オブ最強のナンバーワンにしてオンリーワン。
俺が一番、レアが二番。これは木からリンゴが落ちるのと同じくらい当たり前な宇宙の真理、自然の理。覆ることなど天地がひっくり返ってもあり得ない。絶対に。
……まあ? もし? 億が一? 兆が一? 何かの間違いで出し抜かれることが無いように? 日頃からちょっと、ほんのちょこっと、アイツの動向に気を配ってはいるけれども? あくまで念には念で更にもうひとつ念を入れた上での杞憂に等しい懸念だし?
「その割には、仲良しみたいだけど」
「まさか。レアの奴とは気が合わん。俺がレッドストーン先輩派なのに対し、アイツはソードピーチ派だからな」
「同じ漫画を愛読してる時点で気が合ってると思うけど……基本的に似た者同士だし」
合わないし、似てない。
一旦魔甲を解き、衣服の隙間からデオドラントシートで身体を拭くエイハ。
現在の気温は三十四度、湿度も九十パーセント近い。そりゃ汗のひとつも拭きたくなる不快指数だろうよ。
「三百枚ってとこか」
鎧から吐き出されたコインの山。
ここまでの道中で仕留めたクリーチャーの数は十七匹だが、一匹につき二十枚が撒かれるとなると、ちょこちょこ拾い損ねが出る。
草薮に紛れたやつとか、探すの面倒で諦めるんだよな。俺の一分はコイン数枚などより遥かに重い。
「鎧との同化で重量八割減だとしても、既に六キロだ。お前の体格だと楽じゃないだろ」
「えっと、その、あんまりじっと見られたら流石に恥ずかしいよ……」
脇腹を拭くためにめくった裾から覗く、くびれた腹周り。
身長一七三センチ、体重五十五キロ。レアも似たような数字だが、アイツは動きに寸分の無駄も無いため消耗が少なく、実際の体力より遥かにタフだ。
「んっ……」
手が届きにくい箇所を拭こうと身をよじったことで、背中に伝う古傷が目に入る。
それに気付いたのか、エイハは少しだけ表情を翳らせ、力無く微笑んだ。
「……あっちこっち傷だらけなんだ。でも顔や首みたいな目立つ場所は無事だったし、何より今こうして生きていられてる。亡くなった人達より、ずっと恵まれ──」
「自分と他人との比較で幸不幸を推し量るな。他の奴が見たらどんなに些細でも、お前にとって辛いことなら、それは純然たる不幸だ」
左上腕半ばのジョイントを解き、義手を外す。
「ッ……」
「お前は片腕の俺が不幸に見えるか? だが俺は俺自身を不幸だなどとは全く思わない。だから俺は不幸じゃない。逆もまた然りだ」
あ、やばい。長袖から引き抜いたせいで、すごく戻しにくい。
「まあ、俺個人はその傷痕も含めて、お前を美しいと評価するがな。天才たる俺の審美眼は確かだ、自己採点基準の参考にしても損は無いぞ」
「…………そっ……かぁ」
段々と赤らんで行く顔を手で覆い、呟くエイハ。
指の隙間から見える口元は、柔らかく吊り上がっていた。
「そう言えば、まだ二回とも、ちゃんとお礼を伝えられてなかったね」
着衣を整え、再び魔甲で鎧ったエイハが、あらたまった様子で俺へと向き直り、深く深く頭を下げる。
「まずはこの前、ダンジョンでボクを助けてくれてありがとう」
「気にするな。天才にとっては片手間の仕事だ」
「ううん。きっとボクは一生涯恩に着ると思う」
一度顔を上げ、追想するように目を閉じるエイハ。
「そして。四年前の旭川」
再び深く、最初よりも緩やかに、しかし力強く、青髪で彩られた頭が下がる。
「ボクと母さんを助けてくれて……本当に、ありがとう」
「……それも気にするな」
蘇る記憶が映す光景に、少しばかり苦くなった舌先で、そう返す。
「決して誇れる話じゃない。少なくとも俺自身にとっては」
結局。あの時の俺には、二人しか助けられなかった。
──自分の母親を救うことは、出来なかったのだから。
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