第47話 危機一髪の逃走劇






 十三階層から追加で出現するようになるクリーチャーは、ワームの他にもう一種。


「勘弁してくれよ」


 道民、取り分け帯広の人間なら誰でも知ってる競技、ばんえい競馬。

 五百キロもあれば大型として扱われるシャープな印象のサラブレッド種とは対照的なほどにマッシブで、一トンを回る個体もザラに居る輓馬ばんばによるレース。


 その輓馬をフォルムはそのまま、何倍にもスケールアップさせたような巨馬。

 体毛は黒く覆われ、頭部前面には二本並んだ金色に輝く角。


 最高時速三〇〇キロメートル以上でこの平野を駆け回る、Eランククリーチャー最速の種──『バイコーン』。


「おい、前かきをやめろ。俺に挑もうとするな」


 正直今までで一番のピンチだった。コイツとだけは遭遇したくなかった。

 何故なら。


「本当にやめてくれ。俺は馬が大好きなんだ。桜肉が食えないどころか見たくもないくらいにな」


 崩界以前、まだオフクロが生きてた頃、当時の家は旭川だったが、シーズン中はよく札幌競馬場まで連れて行って貰ってた。

 まあオフクロの目当てはレースの方で、俺に予想させるとほぼ全的中だったからなんだが。

 オヤジが道知事選に出馬する時の政治資金の一部も当たり馬券の配当金から出てたのは内緒だ。上手いこと回して寄附金扱いにしてたみたいだけど。


 いや、今そんなことはどうでもいい。

 重要なのは、どうやってバイコーンとの戦闘を回避するかだ。


〈バルルルルゥ……!!〉

「くっ……馬の視界は三五〇度、だがしかし視力自体はそう高くない……ある程度の距離さえ取れれば……」


 即断即決。いつでもリッチを召喚出来るよう身構えていたエイハを俵担ぎにする。


「きゃっ──!?」

「大人しくしてろ。少しの間の空中散歩だ」






 縮地発動時の照準は肉眼での直視。最長射程は発現者の肉声が届く距離まで。

 俺は普段あまり大声など出さないし、そもそも同じ距離を全力疾走した時と同等の消耗が降りかかると来れば、空中移動で脚の負担を無視できるにしたって、一度の縮地で何百メートルも跳ぶのはリスクが大きい。


 地上から電柱一本分ほどの高さで、単発につき百五十メートル。一秒のインターバルを挟み、連続六回。

 発動後の慣性で更に距離を稼ぎ、合計一キロメートル移動し、バイコーンを振り切った。


「はーっ……はーっ……六秒で、一キロ……時速換算で、六百キロメートル……流石に追い縋れねぇだろ……」

「シドウ、大丈夫……? ごめん、ボクを抱えて移動したから……」


 そいつは関係無い。荷物ありでも消耗量が変動しないのは既に実証済みだ。

 尤も、持ち上げた状態でなければ一緒に跳べないし、重量が増すほど着地時の脚への負荷も上がるため、人間一人分くらいが上限。


 ──と、声に出したいところだが、息が苦しくて何も言えん。


「ふーっ……ふーっ……」


 流石に九百メートル全力疾走はキツいな。非公式なれどもフルマラソンの世界記録を二分ばかり縮めてるんだが、無酸素運動は話が別か。単純に人体の限界だ。


 いかに天才かつ最強でナイスガイな俺も、心臓一個の生身の人間。

 これ以上を求める場合、いよいよ己をサイボーグにでも改造しなければならん。


 幸い、てか意図的にクリーチャーの気配が感じられない方向へと跳んだため、しばらくここで休んで行くとハンドサインでエイハに提案する。

 時折見かけていた、白い芯材が剥き出しとなった地面を着地点に選んだので、ワームに襲われる心配も無い。仮に襲われたところで何の問題も無い。


 ともあれ、逃走後のプランもパーフェクト。おお、流石は俺。

 略してさす俺。





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