第46話 十三階層






 特にアクシデントの類も起こらず、全行程の約四分の一を終え、十三階層に到着。

 進行状況は概ね予定通りで、早くも遅くもない。


「ガルムに乗って移動してたら、今頃は十五階層どころかとっくに折り返しに入ってたかしらね」

「コインを棄ててまで急ぐ理由も無いだろ。小遣い稼ぎつつ、ゆっくり行こうぜ」

「本当にゆっくりかな、このペース……」


 相対的に言えば、三級探索者が六階層から十階層までを踏破するよりも、二級探索者が十一階層から十五階層までを踏破する方が、各種条件を総合した上での難易度は易しい。


 魔甲の発現者以外は掠っただけで病院送りになるような破壊力を当たり前のように振るうEランククリーチャーの存在こそ脅威なれども、二級探索者は一人一人が確実に同格以上のガーディアンを所有している。チームでの活動も義務付けられているため単体相手ならば十二分に対処可能であり、加えて下層の石で閉ざされた迷宮と違って見晴らしが利く環境ゆえ囲まれたり不意打ちを受けたりする心配も少なく、何より空が見えることからメンタル面での安心感も大きい。


 ──ただし、十三階層からは、少しだけ危険が増す。


 四方と上方ばかりでなく──にも、意識を巡らせなければならない。






「はぁっ……ああ、なんて美しいの……」


 一刺が大砲に匹敵する威力の魔槍でクリーチャーを突き殺した際、頰に跳ねた返り血を拭うべく、エイハがレアに手鏡を渡してしまってから、既に五分経過。


 磨き込まれた鏡面を蠱惑的に眺めるレア。

 こうなると長いんだよなコイツ。エイハに鏡を隠すよう注意しとくの忘れてた。天才も時にはうっかりすることもある。


「鏡よ鏡……この宇宙で最も美しいのは当然、私」

「質問じゃなくて断言した……!?」

「なまじ自惚れや勘違いと言い切れない程度には顔が良いからこそ余計タチが悪い」


 そりゃあ俺だって風呂上がりに姿見を覗いたらいつの間にか十分以上経ってたとか、だいたい週八であるけどさ。自分自身すら惚れ惚れさせる全宇宙最高のナイスガイっぷりは最早犯罪……とは流石に言わんが、ほぼ肩まで浸かってるレベルだ。


「えっと、シドウ。どうするの?」


 レアの陶酔加減を見るに良くて三十分、場合によっちゃ一時間コース。

 ゆっくりとは言ったが、このためだけに長々と立ち止まるとか馬鹿らし過ぎる。余裕と無駄はノットイコール。


「ほっといて先行くぞ。コインを持ってなきゃガルムに乗れるし、俺達の匂いを辿らせりゃすぐ追い付くだろ」


 そも十五階層に到達するくらい、レア一人でだって朝飯前。

 それにコイツが近くに居なけりゃ、俺は戦闘に見せかけた縮地のコソ練に勤しめる。


 そう考えたら寧ろラッキー。天才的ポジティブシンキング。

 流石俺。いかなる状況からでもメリットを引き出すプロフェッショナル。


「え……けど……この階層からは『ワーム』が出るんだよ?」


 ワーム。最大級の個体なら全長三十メートルにも達するという、超巨大ミミズ型のEランククリーチャー。

 ほぼ無音で地中を移動し、他生物の発する音を敏感に察知し、その土台ごと丸呑みにして体内で擦り潰す厄介者。


 移動中は勿論、他のクリーチャーとの戦闘中にも地下から這い寄り、隙あらば捕食。

 仮にワームが近くにおらずとも、ただ存在するという事実そのものによって常に警戒のリソースを割かれ続ける。


 純粋な強さ自体はEランク内だと劣り、いっぺん地上に出た後はバックが遅いため袋叩きに出来るが、こいつを嫌って十三階層以降を訪れない者も少なからず居るとか。

 相対的な難易度は三級から二級に上がる時よりも易しいのに、二級から一級に上がる探索者の割合が二割以下である理由のひとつだ。


「いくらレアでも、不意を突かれたら……」

「突かれねぇから大丈夫だ。行くぞ」


 そう言ってエレベーターがある方角へと進み始める俺。

 エイハはしばらく心配げにレアの方を見て返っていたが、やがて小走りで追い付いて来た。






 レアと別れておよそ十分後、後方から轟音が劈く。

 振り返るとワームらしきクリーチャーの巨体が爆発四散し、空高く打ち上げられていた。


「汚ねぇ花火だ」





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