第42話 豪力魔槍






 直径数十キロメートルにも及ぶ十一階層は広大かつ見晴らしが良く、全七種中六種が最低でもアフリカゾウ以上の巨体を持つEランククリーチャー共が活動するには、概ね最適な環境と言えるだろう。


「顔面が法律に抵触してるライオンもどきこと『マンティコア』、マンチキン行為を平然と実行するトリ頭こと『グリフォン』」

「シドウ君どうしたの急に」


 この階層に現れるクリーチャー四種の再確認だ。

 天才はリサーチも抜かりない。


 あとは近くで鳴き声を聞いた者の神経網に流れる電気信号を錯乱させ、数秒間石になってしまったかの如く動きを停止させる巨大ニワトリこと『コカトリス』。


 で、最後に──ちょうど今、俺達の方へと猛進して来てるやつ。


〈ギィィイイイイアアアアァァァァオッッ!!〉

「『Tレックス』。化石の解析が進むに連れてナーフされ続けた哀しき恐竜の王」

「でもアレは古い想像図の方に近いわね」


 レアの言う通り、咆哮を上げる巨大トカゲの形態は、嘗て少年達のハートを鷲掴みにし、羨望を一身に受けていた頃のティラノサウルス(覇権バージョン)と酷似している。

 まあ八年前の時点での最新モデルだった冬場のスズメみたいなのじゃ格好つかんしな。クリーチャーにも面子や立場ってもんがある。


 しかし参った。アレを屠らなければならないのか。

 天才かつ最強、延いてはセカンドスキルを発現させたレベルアップ状態の俺にとっては、まさしく赤子の手を捻るような話ではあるが……。


「落としてしまった筈のピュアハートが疼く。全人類が神と仰ぎ見る俺ほどではないにしろ、子供達の憧れの象徴を容易く蹴散らしてしまうのは流石にしのびない」

「王子様……」


 かぶりを振る俺の肩に、エイハの手が置かれる。

 位階は大きく違えど、彼女もまた天才。我が苦悩を、あくまで一端ではあろうが感じ入ったらしい。


「じゃあ私が貰うわね」


 一方、そんなノスタルジックは知ったことではないとばかりに槍を握り、軽快に飛び出すレア。

 花鳥風月を解さない奴め。だからお前は四.八ツ星止まりなんだ。


「魔槍」


 俺さえ出場していなければ男子オリンピックの短距離走でも表彰台の真ん中に立てるだろう速度で駆ける最中、十字形の穂先を持つ模造槍へと纏わりつく濃い紫色のオーラ。

 俺が鉛色であるように、エイハが青色であるように、ファーストスキルは生体エネルギーを燃料に使っているため、個人毎で色に違いがある。大体は髪色と同じだ。


「豪力」


 詰めの一歩でセカンドスキルを発動させたレアは、そのまま大きく跳び上がった。


 高度百メートル近くに達する跳躍。いかに豪力の発現者であっても、普通あそこまで高くは跳べない。何も考えず全身にまんべんなく使った場合の基本的な筋力強化倍率は、精々十倍に届くかどうかってとこだし。


 踏み込みの瞬間、己の動きに合わせて腰、腿、膝、脹脛、足首、足先の順で必要な瞬間に必要な箇所へと必要な分だけリソースを集約させたのだ。

 いわゆる超高等技術だが、レアにとってはちょっと深く息を吸うような行為に等しい。


「一刺確殺。一投鏖殺」


 空中で槍を逆手に持ち直し、振りかぶるレア。

 今度は腰、背中、肩、腕、肘、手首、指先の順に豪力を集中させ──槍を投げた。


「塵と化せ」


 完璧な投擲フォームと豪力のリソース移動による、一切のロスを発生させずに伝達された最大出力。

 初速の時点で亜音速に達し、最終的には音速を超え、一直線に飛来する一投。


 その切っ尖がTレックスに触れた瞬間、太古の暴君は小型ミサイルの爆発にも匹敵する運動エネルギーの直撃を受け、轟音と衝撃波が作り上げた直径十メートル近いクレーターのシミとなった。


 …………。

 今日は白か。


「駆除完了。田舎者がイキり散らしても恥かくだけよ。大人しく白亜紀じもとに引き篭ってれば良かったのに」


 身体能力同様に向上した肉体強度でスタイリッシュに着地し、軽く片手を上げるレア。

 その所作に呼応し、オーラを揺らめかせながらクレーターの中心に突き立っていた槍が、投擲時と同等の速度で稲妻のような軌跡を描き、レアの手中へと舞い戻った。


「……なんて滅茶苦茶な破壊力……と言うか今の……手元を離れた魔槍の遠隔操作……!? 『切り裂きアウラ』以外に、そんなこと出来る人が居るなんて……」


 呆然と一部始終を見ていたエイハが、そう呟く。


 しかし、別に驚くようなことでもあるまい。

 感性に雅さが不足している以外は概ね俺と近いスペックなんだ。寧ろあれくらい片手間にこなせて当然。


 仮にも俺のライバルを標榜することを許している、世界で唯一無二の存在なのだから。





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