第41話 魔甲
縮地に対する改めての自己考察を二秒で纏めた俺は、砂となって崩れ行くグリフォンの亡骸を振り返る。
元はと言えばアレが滞空などというマンチキン行為に及んだせいで縮地を使わざるを得なかったんだ。反省しろ。いや猛省しろ。
……しかし。
「こいつをどうするか」
砂が吹き流れた後に残った、二十枚のコイン。
換金レートは概ね一万数千円。ごく一般的な家屋くらいなら数軒は吹き飛ばせるEランククリーチャーを倒すことで得られる報酬。
そして重量二キロ。長時間だと地味に腰や肩にくる重さ。
枚数次第で地球上のありとあらゆる物質に変換可能な代物と来れば、それ相応の質量を抱えていて然るべきなのは百も承知だが、人力で持ち運ぶ以外の運搬方法が今のところ存在しないってのはどうにかならないものか。
だが研究するにも結構な金と試行錯誤を重ねるための時間が要る。どんな天才だろうともリソースは有限だ、そして俺はそこまで暇じゃない。
「シドウ。コインならボクが」
取り敢えず考えるだけ無駄と結論付けた直後、手を出してくるエイハ。
稚児であっても自ら
するとエイハはコインを握った右手に青いオーラを纏わせ──籠手へと変化させた。
少し遅れて、全身に鎧を帯びて行く。
「それが魔甲か」
模造刀や模造槍など実在する得物にエネルギーを纏わせ、外套を貫くための武器へと昇華させる魔剣と魔槍。
モデルガンを媒体にエネルギーを収斂させ、それそのものを弾丸と成す魔弾。
魔甲の性質は、これら三種とは少し趣が異なる。
自身の肉体を核とし、エネルギーを強く吸着させることで鎧の形に見えるほど密度を上げ、体表に纏うのだ。
ならばこそ魔甲は単純な強度ならファーストスキル四種の中でも段違いだが、肉体に吸着したエネルギーは殆ど外に向かって働かないため、攻撃性能は低い。
逆に物質的な核を持たないエネルギーのみの塊ゆえ、触れたものに抵抗無く染み込んで外部からも内部からも破壊する魔弾は、攻撃力が高い。
閑話休題。
近くに他のクリーチャーの気配すら無いと言うのに、何故エイハは魔甲を発動させたのか。
──そこで俺は、ふと気付く。
レアも同じ観点を得たらしく、俺より先に問いを投げかけた。
「持っていたコインはどこに行ったの?」
「鎧と混ざったんだ」
…………。
成程。そういうカラクリか。
コインとは物質化したエネルギー。根本的な成り立ちは魔甲と近似してるとも言える。
ダンジョン内だと数分で砂になってしまう理由も、波長が同じ周囲の壁や床へとエネルギーが吸われ、密度の低下によって形を保てなくなるからだ。
そして、その波長は人間の生体エネルギーで乱れるため、だから誰かが近くに居れば崩れないという仕組み。人だけがコインを持ち運べるのも、そこら辺に理由があるのだろう。
その性質を利用し、或いは逆手に取り、魔甲を発動させる際に敢えてコインの形を崩し、溶け込ませたのか。
「一ヶ月くらい前に偶然コインが魔甲と混ざってね。色々試した結果、ごく最近ようやく自由に出し入れ出来るようになったんだ」
掌から一枚だけコインが飛び出し、再び溶け込む。
「結構コツが必要で、何人か他の魔甲発現者にも教えたんだけど、誰も出来なかった」
恐らくはセカンドスキルの影響。
多量のエネルギーを対象の体内に流し込み、壊れた部分を再構築し修復と回復を行う治癒を発現させたことで、エネルギーを感知する感覚そのものが刷新されたのであろう。
「こうすると魔甲を構成する生体エネルギーが一種の斥力になって、重さが二割くらいまで軽減されるんだ。しかも鎧って重量を全身に分散させる構造だから、魔甲を纏ってる間なら軽く千枚以上はコインを持てるよ」
体表にエネルギーを吸着させる性質から魔甲は非常に燃費が良く、慣れた者なら丸一日、眠ったままでも出しっぱなしでいられるとか。
逆に言えばエイハとダンジョンで初めて会った時は、その高燃費の魔甲すら維持出来ないほどだったってワケだ。
「……戦闘は大半ノワールに任せきりだったから、キミ達二人のように強くはないけど……これなら少しは、キミの役に立てるかな?」
向けられる不安げな眼差し。
俺は頭の中で採点を終え、指を一本立てた。
「イッツ・ジーニアス。一ツ星を贈呈しよう」
「あら、良かったわね。シドウ君からの評価が『稚児』から『一ツ星の天才』になったわよ」
「そ、そう……? よく分からないけど、王子様に評価して貰えるのは……すごく嬉しい」
ちなみに身近な例を挙げると、オヤジが二ツ星で姉貴が三ツ星。
レアは四.八ツ星。俺は当然五ツ星だ。
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