第40話 縮地
縮地。発現率数千分の一、希少性だけなら治癒にも並ぶセカンドスキル。
その能力は肉声が届く範囲内で直視した一点に瞬間移動するという、言葉にすれば至極シンプルな代物。
だが実際に使いこなすとなると、それなり以上に習熟を要する。
──問題点は、主に二つ。
まず自身が立つ点Aから点Bへと移動した時、使用者が同じ距離を全力疾走したのと同程度の消耗と、二点を繋いだ延長線上方向に対する慣性が掛かるという点。
要するに縮地とは、移動したい場所に駆け抜けて辿り着くまでの時間をカットしたスキルということ。
まあ先程のように足場の無い空中に対しても使えるから厳密にはもう少し異なる仕組みなんだろうが、そういうものだと考えた方がイメージしやすい筈だ。天才は過度に物事を複雑視しない。
俺の瞬間最高速度は時速四十八キロメートル前後。オリンピックの短距離走で表彰台に立ってる奴等より少し上。
移動直後にそれだけの慣性を一歩だけのブレーキで踏み締めて堪えるとなると、流石に一瞬硬直する。膝にも悪い。だからグリップが利く靴に買い替えた。
間髪容れず何度も使えば、いかに天才かつ最強なナイスガイによって四年かけて練り上げられたパーフェクトボディであっても、足首や靭帯を痛めるのは必定。
着地時の軸足を左右で交互に切り替えながらだったら連続でも十回以上は使えるだろうが、同じ足なら一回毎に二秒間のインターバルが欲しい。
──で、二つ目の問題は、縮地を使うと視界が完全にノータイムで切り替わる点。
人間は外部情報の八割以上を視覚から得ている。
たかだか数十メートルから百数十メートル程度の移動であっても、著しく切り替わった視界の詳細を掌握するには、俺の思考速度と反射神経をもってしてもラグが入る。
そして奇しくもそのラグは、慣性がかかった身体を踏み込みで押さえ付けるための硬直が解けるまでの間と、全く同じ時間だ。
とどのつまり、現状の俺は縮地を使う度──コンマ四秒間、隙を晒す。
なんという未熟。だからこそもう少し、この間隙を限りなくゼロに近付けるまで縮地の披露は先送りにしたかった。
二人の前で何度も使えば、エイハは兎も角レアの奴は絶対このことに気付く。なんなら既に薄々勘づいてるやもしれん。
天才かつ最強なナイスガイの俺が不慣れなままスキルを公開したなどと世間に知られたら、いい笑い者。石狩川に身投げを選ぶほどの恥晒し。
何が何でも隠し通さなければ。そして誰にも知られず、スキルの慣熟訓練もやっておかなければ。
天才は汗水垂らしての鍛錬などしないし、努力する姿を他人に見られてもいけない。
頑張ってますアピールは女々。やるならコソ練。鶴の機織りを覗いた奴は、記憶が飛ぶまでスタンガンの刑だ。
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