第35話 内示






「父さん、あまり飲み過ぎないで。明日は九時から会議よ」

「問題無い。あと一本だけだ」

「姉貴。そのコンフィ残すなら俺にくれ」

「後の楽しみに取ってあるだけよ。もし手を出したら殺すわ」


 個室レストランは人目を気にせず食えるのが良い。

 姉貴もオヤジも普段は会食ばかりだろうから、こういう場は俺以上に気を抜いて寛げる筈。


「ところでシドウ。貴方その靴どうしたの」

「げ」


 なんて目ざといんだ。昼ドラの小姑かよ。

 面倒がらずに履き替えとくべきだったか。気を抜いてたのは俺の方だったらしい。


「先週、協会直営店に入荷されたモデルよね。十万円以上したと思うけど」

「……必要経費、攻めの出費ってやつだ。装備をケチって痛い目見たらバカじゃねーか。弘法は筆を選ぶんだよ」

「私を通せば同じものが半額で手に入ったわ。何故一報入れなかったの。そういう小さな手間を億劫がるのが昔からの悪い癖──」


 やべえ始まった。助けてくれオヤジ。

 こら、あからさまに目を逸らすな。こっちを見ろ、おい。






「そうだシドウ。言っておくことがある」


 声を一切荒げず、淡々と正論を叩き込んでくるために流石の天才も言い返す余地が無い姉貴の小言が下火になった頃合、少し酔いが回った赤ら顔でオヤジが切り出す。


「お前が引き当てたファフニール。あれによって、とうとうCランク召喚符カード四種四枚が出揃った」


 Cランク。

 四半刻、三十分もあれば街ひとつを容易く更地に変えてしまう、局地的な天災にも等しいチカラを持った真性の怪物達の区分。


「四体のCランクガーディアン。今の人類に用意出来る実質的な最高戦力だ。本当ならも保管庫で腐らせておくべきではないのだが、あのようなことがあった以上、封印解除の賛同は得られまい」


 Dランク以下と違い、Cランク以上の召喚符カードは一種類につき一枚ずつしか存在しない上、下のランクから進化することも無い。

 完全なワンオフ。故にこそ、その埒外な強さも合わせて考えれば個人所有を許して所在を分散させるワケには行かず、協会が秘蔵し続けたある種のジョーカー。


「近々、特級探索者一名につき一枚ずつこれを貸与し、二十一階層以降の踏破を目指す計画を可決させるつもりだ」

「ハッ。ようやっと、このクソつまらねぇ停滞期を次に進める一手が打てるってか」


 けれども、ちょい待ち。


「天才からの素人質問で恐縮なんだが、特級って今四人も居たか?」

「居ないわ。私と周防すおうの二人だけよ」

「他の一級にも、サードスキルを発現させられそうな人材は見付かっていない」


 だよな。


「だからお前に話している。遊んでいないで、さっさと特級まで上がれ」

「私達としては、既に貴方とレアちゃんを勘定に入れて計画を練ってるのよね。ああ、でも平日はちゃんと学校に通いなさい」


 ま、普通に考えたらそうなるか。


 一級探索者に上がるための条件は『十五階層行きエレベーターのアンロック』と『Dランク召喚符カード一枚以上の所有』である。なお後者の条件は十五階層の到達報酬ごほうびを使えば簡単だ。

 それに十五階層は十階層と違い、辿り着きさえすれば誰にでもごほうびをくれる。


 ──しかし特級探索者に昇級する条件、つまり二十階層の到達報酬でもある『サードスキルの発現』は、全く話が別。


 何せ協会への登録を済ませてから三十日で十五階層まで到達した姉貴がサードスキルを発現させたのは、そこから更に十ヶ月後。

 いくら鈍臭いと言っても、そりゃ俺というパーフェクトな存在を引き合いに出したらの話であって、姉貴の十ヶ月は常人、稚児達の十年と比較しても更に濃く重い。


 あのような発現条件、急にやれと言われたところで天才かつ最強でナイスガイな俺と、その俺のライバルを名乗っても辛うじて見劣りしないレアくらいしかクリア出来まい。

 出来もしないことを稚児達に期待するのは酷ってもんだよな。


「計画の可決とやらには、あとどれくらいかかるんだ」

「代理政府内には未だCランクの使用を危険視する声も多い。私とアウラで黙らせるが、後々の遺恨を残さず押さえ付けるとなると、一ヶ月といったところか」


 なんだ。そんなに先かよ。


「やれるな」

「誰にもの言ってやがるハゲオヤジ」

「私はハゲてない!」


 こちとら天才オブ天才かつ最強オブ最強のナイスガイ、シドウ様だっつーの。


「楽勝。釣りが出るぜ」





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