第33話 恩義と






 二杯目のパフェを平らげたレアは、日課のボイストレーニングがあるとか言って自分の支払いだけ置いて行き、ひと足先に帰った。

 そんなもんが日課とか初めて聞いたぞ、声優でも目指してるのかアイツ。今の北海道セカイじゃアニメどころかロクな娯楽番組も放送してねぇってのに。


「…………」

「…………」


 店内で無言のまま向かい合う俺とエイハ。

 メロンソーダで唇を濡らした後、こちらから口を開く。


「道理で見覚えが無かったのに、声には聞き覚えがあったワケだ」


 は失血プラス頭を打ってて一時的に殆ど目が見えなくなってたからな。

 


「一緒に担ぎ出したお袋さんは」

「一命は取り留めたよ。ただ脊椎がひどく傷付いてしまっていて、つい最近まで腰から下を動かせなかった」

「そうか」


 概ね当時の俺が見立ててた通り。

 しかし、つい最近までってことは、今は違うのか。到底医者の手で治せるような状態じゃなかった筈だが。


「キミのお陰。キミがボクを助けてくれたから、母さんのことも救えたんだ」


 俺の視線に混ざる疑問の色を先取りし、そう告げるエイハ。

 目尻に滲んだ涙を指先で拭い、更に言葉を続ける。


「ボクのセカンドスキルは『治癒』だ」

「……成程。得心が行った」


 一日一回という発動回数制限を抱える代わり、老衰や部位欠損などを除く大概の傷病を立ち所に完治させるチカラを持ったスキル。

 確かにアレなら死んでさえいなければ、形だけでも五体のパーツが揃っていればどうにかなる。半身不随どころか脳死状態であっても一瞬で完治だ。


 しかし。


「いいのか。軽々しく教えちまって」


 協会に登録されている探索者の数は、現在五万人程度。

 うちセカンドスキルを発現させている二級以上の探索者は、二万人前後。


 その中で治癒の発現者は、僅か五人。

 モノリスからDランク召喚符カードを直接引き当てる行為に準ずるほどの驚異的低確率。俺はCランクだったが。


 つまるところ今、俺の目の前に居る女は、そこらの一級探索者などよりも遥かに希少かつ有用な存在ってことだ。

 もしコイツの情報が外に漏れれば、ロクな目に遭わないのは確定事項と言っていい。

 俺は天才だから、愚物の心理など簡単に想像できるのだ。


「ボクはキミに二度命を救われた。唯一の心残りだった母さんも治った。だからキミになら、この場で首を絞めて殺されたって喜んで受け容れる」

「人をサイコパスみたいに言うんじゃねぇよ


 何が悲しくてクリーチャーでもないヒトガタの細首を絞め上げなきゃならんのだ。

 まともな神経の奴がやることじゃないっつーの。






 ファミレスよりは確実に敷居の高い店で長々と駄弁るのもアレなため、会計して店を出る。


「じゃあ、今日のところは失礼するよ。母さんの件で、もう何日かはバタバタしそうなんだ」


 鬼気迫る勢いで俺から連絡先を聞き出し、満足げなエイハ。

 光栄に思うがいい。何せ星の数ほど居る友人達は揃って星の巡りが悪いせいで、オヤジと姉貴を除けばレア以外誰一人俺の携帯の番号を知らないからな。

 アイツは友人ってより、もうちょい別枠だが。


「……ねぇ、王子さっ……シドウ」

「呼び方なんて好きにすりゃいいが、なんだ」


 青い髪を指先で弄り、暫し沈黙。

 やがて深く息を吸い、意を決したように真っ直ぐ俺を見る。


「ボクは今週末に召喚符カードの進化申請を出してる。それが済めば、二級探索者に昇級出来る」


 エイハに探索者を続ける意思があることに、俺は少し驚いた。


「ファーストスキルは魔甲。クリーチャーと戦うのは正直そこまで得意じゃないけど、盾役や荷物持ちとしてなら十一階層以降でも十分通用するレベルだと思う」


 治癒を発現させたなら、それだけでひと財産築ける。さっきはああ言ったが、身柄や個人情報に関しても代理政府が徹底的に守ってくれる。

 最下級のGランクとは言え百万枚以上の召喚符カードを擁する、北海道セカイ最強の組織が、だ。


 つまり危険を犯してまでダンジョンに登り続ける必要など無い。寧ろ治癒を使う瞬間を他人に見られるリスクが増すだけだろう。

 二級以上の中で大半を占める豪力の発現者に比べれば、戦闘能力だって劣るしな。


 なのに何故……と問うより先、エイハが俺の右手を取った。


「ボクはキミの盾になる。ボクの全てをキミに捧げる」


 丁寧に、けれど力強く握り締められる。


「だから、どうか──キミの役に、立たせて欲しい」





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