第31話 再会






 今週末の十一階層突入までに馴染ませておくべく、買ったばかりのブーツに早速履き替える。


 こいつはいい。安かろう悪かろうなどと謳う気は無いが、前の安物の靴とはグリップが段違いだ。ジャンプ力も体感で三割近く増してる。

 まあシドウくんは天才かつ最強なナイスガイだからな。自分にとって最適なアイテムは直感的に分かっちゃうんだよ、これが。


 財布はだいぶ軽くなったけど。姉貴にバレたらまた無駄遣い云々って怒られる。


「靴を気にするってことは、やっぱり豪力を発現させたの? だったらズボンも専用のにしとかないと戦ってる最中に破れて悲惨よ」


 ちゃんとあるのか、そういうやつ。

 なら、なんでお前はミニスカートなんだ。


「俺のセカンドスキルは次回のお楽しみだ。召喚符カードの方もな」

「あら、自信ありげね。じゃあ期待させてもらうわ。ライバルが不甲斐ないと張り合い無いもの」

「ははははは」


 ついリップサービスで要らんこと言ったかもしれん。

 セカンドスキルは兎も角、召喚符カードは中身を喚び出せない不良品なのに。






 買い物を済ませた後、この前行った店でまたパフェを食おうという流れになった。

 ただし今回の支払いは各自持ちだ。一杯五千円が最低ラインの食い物なんて軽々しく奢れるかってんだ。


「奥側からだと、外まで地味に遠いんだよな」


 本来、白い塔の一階は六基のエレベーターとモノリス以外に何も無いがらんどうで、それを協会が今の複合施設として改築した。

 だが壁や床を構成する白い芯材には重機も全く歯が立たず、出入り口は元からあった一ヶ所のみとなっている。


 なので外に出るには、市役所のような佇まいの各種手続き用窓口を通る必要があった。

 商品搬入の面倒とかを考えたら、手前側に売店を置いた方が効率的だと思うんだが。


「──そこをどうにか、お願いします!」


 窓口に用など無かったため、見向きもせず素通りしようとする最中、おもむろに響き渡る通りの良いハスキーな女声。


「申し訳ありません……名前や連絡先などは、個人情報になりますので……」

「じゃあ、ここに呼び出して会わせてくれれば構いません! お願いします!」


 レアと二人で足を止め、視線を向けたところ、何やら揉めてる様子。

 かなり切羽詰まった感じの声色から、単なるクレーマーの類とかではなさそうだ。


 つーか、この声。どっかで聞き覚えが。


「無理を承知でお願いします! ずっと行方を探してて、やっと見付けたんです!」


 窓口のカウンターに手をついて身を乗り出し、繰り返し頭を下げている後ろ姿。

 毛先を肩口で斜めに切り揃えた、青い髪。


「あいつは……」

「知り合い?」

「いや、知り合いってほどでもねぇが」


 ひたすら協会職員に低頭する、先日の青髪女。

 鬼気迫るような必死さ。一体、何がそうさせるのか。


「……?」


 そう言えばと、ふと思う。


 先日、俺が青髪女を拾った時、彼女はショックで口がきけなかった。

 加えて、担いで運ぶ道中で、いつの間にか気絶していた。


 つまり俺はあの時、青髪女の声など一回もまともに聞いていない。


 なのに何故──聞き覚えなど感じたのだろうか。


「あ、ちょっと」


 気になったことは知りたくなるのが天才の天才たる所以。

 着いてくるレアを伴い、すっかり注目を浴びている青髪女の元まで歩き、肩を叩いた。


「困りごとか? 今なら天才かつ最強のナイスガイが、特別サービスで無料相談を請け負ってやっても構わんぞ」


 俺の言葉を受けた青髪女が、カウンターに額を擦り付けようとした中途半端な姿勢で固まる。


 そして。ひどくぎこちない、錆びたロボットのような動きで、こちらを振り返った。


「よぉ」


 瞳孔の引き絞られた碧眼と視線が重なり、軽く手を上げて挨拶。

 青髪女は瞬きもせず俺を見返し、そのままたっぷり数十秒が過ぎて行く。

 ドライアイになるぞ。


「……………………お」


 妙な緊張感に周りも静まり返って固唾を呑んでいたところ、とうとう青髪女が口を開く。


「王子、様?」

「……あぁ?」





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