第30話 世知辛い世の中






「なんでお前まで来るんだ」

「いいでしょ別に。ちょうど私もロンゴミニアドの滑り止めスプレー切れそうだったし」


 なんて?


「今なんつった、お前」

「ロンゴミニアド。槍の名前。貴方だってあのモデルガンに名前くらい付けてるでしょ?」


 そりゃ勿論。


兼正かねまさ

「……由来は兎も角、なんで洋銃に和名付けてるのよ」

「お前こそ和槍に洋名付けてんじゃねぇよ」






 白い塔一階、探索者向けの物品が取り揃えられている協会直営の売店。

 ちょっとしたスーパーマーケットくらいの陳列棚が並んだその一角で、目当てのコーナーに着いて足を止める。


「いいな、このブーツ。軍用最新技術の流用品だってよ。ひと目惚れだ」

「高っ……十二万円するわよ。貴方今いくら持ってるの?」


 ──探索者ってのは実入りが良いようで、実のところそこまででもない仕事だ。


 飯の種であるコインの換金レートは毎週変わるが、概ね一枚あたり七百円から九百円。

 一匹のクリーチャーが落とす枚数はランク毎に統一されており、Gなら一枚、Fなら五枚、Eなら二十枚、Dなら百枚と、ひとつ上がるにつれて数倍ずつ増えて行く。

 なおCランク以上のクリーチャーは未だ討伐例が皆無なため、どのくらいコインを落とすのか分かっていない。


 加えて、十一階層以降は二人から四人のチーム編成が義務付けられており、六階層から九階層に挑む場合もセカンドスキル発現時の単独制覇挑戦を除けば複数人での突入がセオリーなため、基本的には稼いだ分を総取りとは行かない。

 ちなみに突入申請を提出する際に予め分配率を設定しておくのだが、誰か一人でも二十パーセント未満だと大概受理されない。


 で、更に言うと、コインってやつは地味に重い。


 一円玉サイズにも拘らず、一枚あたり百グラム。五百円玉およそ十四枚分。

 十枚で一キロ、百枚で十キロ、二百枚で二十キロ。しかもコインは一階を除き、ダンジョン内だと半径一メートル以内に人間が居なければ数分で砂になってしまう上、人力以外では持ち上げるどころか一ミリたりとも動かせないためガーディアンに運ばせることも適わず、探索者自身が背負うなり腰に括るなりして歩き回り、そのまま戦闘までこなさなければならない始末。

 俺も青髪女を連れ帰った後の再突入では最終的に三百枚、およそ三十キロをぶら下げる羽目になった。つーか嫌になって半分捨てた。あんな状態で何時間も歩いてられるかよ、腰悪くしちまう。


 しかも二百八十キロというエレベーターの重量制限があるため、人数が増えるほど一人頭の分け前は減り、けれど疲労を負わずに持てる枚数は増え、しかし一回で持ち帰れる総数は少なくなるというジレンマ。


 仮に持ち物込みでの平均体重が六十五キロの四人組なら二百枚が限度。公平に分け前を等分し、換金レートが過去最大値の九百七十円だった場合、各自に渡る金額は四万八千五百円。

 最も割合が多い三級探索者の討伐対象であるFランククリーチャー相手にこの枚数を稼ぐため必要な時間は、索敵と戦闘と移動を合わせて十分に一匹のペースで倒すと想定し、休まず続けて六時間半。時給換算で約七千五百円。

 ただし毎日同じ働きをするなど不可能に等しく、調子が良くても週二か週三程度と見るべき。仮に大怪我をした場合は何ヶ月も収入ゼロ。

 命を懸けたリスク相応の額と受け取るか、安いと感じるかは、人それぞれ。


 五階層や十階層などの安全地帯ならピストン輸送も可能だが、そこに帰り着くまでの階層でも複数回に分けてエレベーターを使えば人数が減ったところを騒音で寄ってきたクリーチャーに襲われかねないため、やはりリスキーな行為。そもそも何百枚ものコインって時点で、ダンジョンの中では厄介者だ。


 ──さて。以上を踏まえ、俺が今までに稼いだ額はと言えば。


「電子マネーがほぼ存在ごと消えたから、財布が太ってしようがねぇ」


 まず最初、協会への登録申請で五階層まで行った時の往復で四十枚ほど。これはレアにパフェを奢って大半溶けた。

 次にレアと二人で八階層まで行った時は、均等に分けて八十枚ずつくらいだったか。運んだのは全部俺だけどな。

 あとは週末の二往復。青髪女を拾った時の往路では六階層と七階層を駆け抜け、帰り道でも戦闘を避けたから、およそ百枚。

 セカンドスキルを発現させに行った二周目は、帰り道で半分捨てて百五十枚。


 俺はクリーチャーの進化素材用にコインを貯蓄する必要が無いから、全部売り払った。

 そんでもって、それぞれの時の換金レートが八百三十円と七百六十円だったから──


「三十万あるか無いかだな」

「割と躊躇する懐具合ね……私も同じくらいだけど」

「いや買うぞ。俺は買う」

「……アウラさんに小言食らっても知らないから」


 四度ダンジョンに潜って得た、有形の成果。

 相応と受け取るか安いと感じるかは、やはり人それぞれ。


 尤も、探索者には持ち帰ったコインの累計枚数に応じて医療費免除などの各種特典もあるため、実質的な収入は金銭だけだと測れないんだが。

 ヤクザな稼業のようで、割と複利厚生面は充実しているのだ。書類上では協会職員、一応の契約社員ってことにもなってるし。





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