第28話 牢獄の王






 コンビニで買ったチョコチップアイスを舐めつつ家に帰ると、珍しく玄関の鍵が開いていた。


 しかも扉のすぐ先に人の気配。

 中に入ると、しばらくぶりに見る顔。


「ようオヤジ。帰ってるなんて珍しいじゃねーか」

「着替えを取りに寄っただけだ」


 一九〇センチある俺と変わらぬ背丈。キッチリ整えられたオールバックに、糊のきいたスーツ姿。

 パッと見だと三十代後半でも通用するほど若々しいが、実際は五十がらみの壮年男性。


 それが水面下での入念な若作りの成果だとは良く知ってる。

 曲がりなりにも人の上に立つ者として、常にエネルギッシュな姿勢を外見から示さなければならないというポリシーの産物。

 引退したら一気に老けそうだ。


「……塔に行っていたのか」


 リボルバーを収めたホルスターに視線を落とし、険のある表情で問われる。


「ああ。なんだよ、ガラにもなく息子の心配でもしてんのか?」

「馬鹿馬鹿しい。何故お前の心配などする必要がある。私はそこまで暇ではない」


 仰る通り。

 天才かつ最強でナイスガイな俺の安否なんて、地球が爆発するかもとか巨大隕石が落ちて来るかもとか、そういう次元のオハナシよ。


「登録をしたのはいつだ」

「二週間前」

「そうか。お前にしては随分と時間がかかったな」


 言ってくれるね。


「どうせ報告あがってんだろ、ファフニールのせいだよ。アレのトレードで足止め食らわされなきゃ、二級くらい即だったっつーの」

「お前の、例の同級生……霧伊女史は九日で昇級したと聞いているぞ。歴代一位の記録を更新、アウラよりも早かったそうだ」

「あー、それな。レアの奴、絶対週明けにマウント取ってくるわ」


 見える見える。その場面が克明に。

 せめてあと一週間早くトレードの手続きができなかったもんかね。それなら同率タイぐらいは行けたってのに。


「もう出掛ける。こっちに電話が来たら、事務所にかけ直すよう言っておけ」

「あいよ」


 よく磨かれた革靴を履き、足早に玄関をくぐるオヤジ。

 余裕の無い奴は忙しなくていけない。切羽詰まってる時こそ、ゆとりを持とうぜ。


「シドウ」

「あ?」


 入れ替わりで靴を脱いで上がると、急いでる筈のオヤジに呼び止められた。


「水曜にはアウラと一緒に帰れそうだ。いつもの店に七時に予約を入れておく」

「了解。だが今度はすっぽかさないで欲しいもんだね。姉貴を宥めるのは天才の俺でも一苦労なんだからよ」

「分かっている」


 最後にそう言い残して扉を閉め、少し経ってから車の出て行く音が響く。

 俺はひとつ欠伸すると、寝る前にシャワーを浴びようと風呂場に向かった。


 にしても。


「毎日毎日大変だぁな。牢獄の王サマは」


 俺のオヤジの名は雑賀ガトウ。

 閉鎖された北海道セカイを統治する機関である代理政府の立ち上げ人にして、現代表だ。





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