第25話 悪くないが、まだ足りない






 女性とは言え、人一人担いでクリーチャー蔓延るダンジョンを三階層分も下るのは割と重労働だった。コインもそこそこ溜まってたし。腰つらい。


 五階層のエレベーターから一階まで戻り、救急車を呼び、いつの間にか気を失ってた青髪女をストレッチャーに放り込んだ後、協会窓口に事の次第を報告。

 取り調べだのなんだのを受けるうちに気付けば時間は過ぎ去り、すっかり真夜中。


 まあ赤い壁の光は四六時中降り注いでいるため、八年前から北海道セカイには昼も夜も無いんだが。


 兎にも角にも、ようやっと解放された。お役所仕事は形式ばってて回りくどい。でも向こうも残業だっただろうし、苦労は互い様。

 空きっ腹に飯を詰め込み、クリーチャーの返り血で汚れた服を着替え──俺は再び、五階層行きのエレベーターへと乗り込んだ。






「とんだ二度手間だ」


 見慣れるを通り越して見飽き始めた六階層を踏破し、七階層を歩きつつ愚痴る。

 曲がり角でエルダーコボルドとばったり遭遇したため、手足をハジいてから頭をトばしてやった。


「やっぱ男の射撃はゼロ距離からだよな。離れて撃つとか女々」


 レッドストーン先輩並みに男気が溢れ過ぎててつらいわー。やろうと思えば札幌ここから稚内だって狙い撃てるんだけどなー。かーっ、つらいわー。






「おー、すげぇ。もう直ってやがる」


 八階層の終点、九階層行きのエレベーター付近。

 約半日前にマンティコアが暴れ、芯材が露わとなるほど損壊した石床だが、既に何事も無かったように元通りとなっている。

 これも白い塔、ダンジョンのチカラか。


「しかしマンティコアと言えば、さっきも七階層で別のEランククリーチャーと出くわしたが、なんなんだ一体。あいつら二十枚もコインを落とすから重くなって仕方ない」


 青髪女を連れ帰った時に報告した際の職員連中は大層驚いてたし、一桁階層にEランクが出現するなんて事例は過去八年間で数回しか確認されていないとも言っていた。


 だがしかし俺は既に二度、この間のエルダーコボルドの件も含めれば四度、イレギュラーに遭遇している。ただ単に面倒臭くて報告してない奴がいっぱい居るだけなんじゃないのか。

 つーか四度って。最早イレギュラーでもなんでもないだろ。






 前回は手前で引き返すことになった九階層。

 相変わらずゴリゴリと耳障りな音を鳴らすエレベーターの中で、俺はまたも懐の中から微かな震えを感じ、召喚符カードを引っ張り出す。


「これで何度目だ? どうにも気のせいってワケじゃなさそうだな」


 考えてみればファントムバイブレーション症候群など患うのは社畜やスマホ依存者だけだ。崩界以降の北海道セカイには色々なリソース不足でスマホなんざ出回ってないし、そもそも使えないけども。


「言いたいことがあるならハッキリ言ってみろ。天才は寛大だ」


 今現在のダンジョンに於ける最前線地帯である十六階層から十九階層で活動する一級探索者、延いては二十階層の到達報酬ごほうびを獲得したの呼び出しにさえ全く応じなかったという召喚符カードは、うんともすんとも動かない。


 しかし懐に戻して少し経つと、またカタカタ震えやがった。

 おちょくってるのかコイツ。油性ペンで落書きするぞ。





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