第24話 三マス戻る
「よお」
マンティコアが遺した二十枚のコインを手中で弄びながら、未だへたり込んだままの女の前でしゃがみ込む。
動きやすさのためか、或いは魔甲使い特有の衣服に鎧が噛む感覚を嫌ってか、ぴったり体型に沿って胸や尻を押さえ付けた薄地のライダースーツを纏った姿に、肩口で斜めに切り揃えた鮮やかな青い髪。
染髪ではない。崩界後、スキルスロットを宿した者の中には、髪や瞳が変色した奴が一部居るのだ。
つーか俺の鉛色の髪もそうだし、レアの紫髪もそう。
「……え……あ……き、み……は……!?」
ショックが抜けていないのか、やけに大きく見開いた目で俺を見返し、たどたどしく口を開く青髪女。
取り敢えず手持ちの水を飲ませておく。気付けにハッカ油マシマシのラムネも噛ませよう。
……しかしコイツ、服が所々裂けて血も染みついてるのに、なんで無傷なんだ?
クリーチャーと人間は血の質感が少し違う。これは明らかに人間の血痕だ。天才の知的好奇心が疼く。
ま、いいか。
今は先に確認しておかねばならんことがある。
「一個だけ質問する。喋らなくていいから、頷くなり首を振るなりしてくれ」
ハッカ油マシマシのラムネが効いて涙目になりつつ口を押さえた青髪女が、こくこく頷く。
「自力で帰れそうか?」
九階層行きのエレベーター前から五階層まで戻るとなると、最短ルートを抜けても四時間は必要。
そして、この八階層にはレッドキャップが居る。マラソン選手のように走ることだけに専念とは行かない。
首尾よく七階層や六階層まで降りられたところで、依然と警戒は続く。エルダーコボルドも当然人間よりは足速いんだし。
目の前の青髪女の様子を一瞥した限りでも、そのような道中を無事に帰り着けるとは到底思えなかったが、一応の確認として尋ねておく。
ややあって彼女は──ゆっくりと、首を横に振った。
足の震えも全く収まっていない。立つことすら難しい模様。
「だろうな」
ちらとエレベーターを視界の端に捉えつつ、俺は思案する。
天才の手にかかれば、この女を連れて十階層まで行くことも決して不可能ではない。
だがしかし、それではセカンドスキルを発現させるための条件を満たせない。過去のデータによれば、途中で人を増やすのもアウトなのだ。
かと言って、このままここでコイツを待たせ、十階層までパッと行ってパッと戻るのも現実的な選択ではない。
九階層の地図を見る限り、広さだけなら八階層よりはマシだが、それでも甘く見積もって踏破に九十分近くかかる。
往復なら三時間。家一軒建っちまう。流石に家は建たないか。
兎も角、同行させるのも待機させるのも無理と来た。
となれば、残る道はただひとつ。
「……仕方ないか」
見捨てるのも寝覚めが悪い。そして時には稚児の手を引くのもナイスガイの責務。
常に余裕あってこその実りある人生。天才は焦らない。
「よっこらしょ」
「え、あっ……」
青髪女を肩に担ぎ、来た道を引き返す。
復路と協会への報告だのなんだので、土曜の残りは潰れちまいそうだ。
「……ん?」
懐の中で、また
もしや、ファントムバイブレーション症候群か。
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