第23話 マンティコア






 舞台会場に到着したら、どうも既に決着っぽかった。


 セクハラが趣味の中年親父みたいなツラした馬鹿でかいライオンもどきと、戦意喪失状態でへたり込んだ、俺より少し年上の女。


 女の方は剣も槍も銃も持ってない。それらしきものが近くに転がってもいない。

 となるとファーストスキルは『魔甲』か。アレは発現者の肉体そのものを媒体にして鎧を模るからな。


 スロット持ち十人に一人の割合でしか発現しない、魔弾ほどではないが希少なスキル。

 惜しい。出来れば使ってるところを見たかった。


 でもまあ、今日はポップコーンもコーラも用意が無いし、また次の機会ってことで──俺はライオンもどきの目玉と鼻をブチ抜くべく、三発撃ち込んだ。


「当たらねぇ。スキルの故障か?」


 天才かつ最強でナイスガイなシドウ様の足引っ張るんじゃありませんよ、全く。


 ともあれ、女とライオンもどきの両方が同時に俺を見る。

 片方は呆然、もう片方は楽しみを邪魔されて不機嫌って感じの表情。


 ……そうそう思い出した、あのライオンもどきの名前。マンティコアだ。名前の字面までセクハラっぽいわ。


 振り撒く威圧感こそレアのガルムと良い勝負だが、ビジュアル面では完璧に惨敗だな。

 醜いってか酷い。清潔感を通り越して衛生観念ってものが感じられない顔面だ。もし俺が大統領だったら真っ先に国を挙げて駆除させる。


「生まれた瞬間に世を儚んで自殺しても不思議じゃない顔面偏差値。よく今日まで生きる気力を保てたもんだ、すげーすげー」


 上手いこと義手を動かし、拍手する。

 二の腕半分くらいは残ってるから、ハンドポケットとか腕組みとか、ある程度のアクションなら取れるのだ。天才にはこれくらい朝飯前よ。


〈ボオオォォォォッ〉


 馬鹿にされてることを理解したのか、更に表情を歪め、俺を正面に据えるマンティコア。

 やる気かこの野郎。やってやんぞこの野郎。


「当たらねぇ」


 腰だめに十発ほど乱れ撃つも、全弾ノーヒット。

 さては外套で弾いたな。流石Eランク、防御力ひとつ取っても大したもんだ。断じて俺が狙いを外したワケではない。


「近付いて撃つしかねぇか」


 口臭とかヤバそうだし、出来れば離れたまま仕留めたかったんだけどな。


〈ゴォォオオオオアッ!!〉

「お」


 一瞬マンティコアが深く屈んだと思ったら、そのまま突っ込んで来た。


 ふむ。初速の段階で時速二二〇……いや、二三〇キロメートル。

 あのサイズと足音から弾き出した重量で、この速度。荷物を満載させた十トントラックが百メートルは吹っ飛びそうだ。

 そこら辺の家くらいなら簡単に叩き潰せるってのは、結構的を射た評価だな。


「垂直跳びで躱すのは高さ的に無理か。デカブツめ」


 ほぼ膝の高さまでスウェーバック。類稀な平衡感覚とバッキバキの体幹による賜物よ。

 床に伏せるような真似はしない。俺は寝る時以外、頭も背中も地につけないと決めているのだ。当然、生まれてこの方、他人に頭を下げたことも無い。


「七つの傷をくれてやろう。俺の名前を言ってみろってな」


 俺の上をマンティコアが走り抜ける瞬間、腹部に七度発砲。

 外套の出力に加え、分厚い毛皮と筋骨によって貫通までは至らなかったが、まあまあの痛手は与えてやった。


「やっぱ今の段階じゃ、Eランク相手は火力不足か」


 セカンドスキルを発現させれば、併せてファーストスキルの性能も底上げされる。

 さっさと倒して、さっさと取りに行こう。


「お?」


 腹に空いた穴から血を噴き出させ、千鳥足でこっちに向き直るマンティコア。

 次いで尻に生えた蠍の尾を振り回し、何か飛ばしてきた。


「うげ」


 生理的な嫌悪感から軽く横に跳んで躱すと、熱したフライパンに水滴を垂らしたような音を立てて煙が上がる。

 針かと思ったら、圧力をかけた強酸性の毒液か。


「きったねぇなテメェ。妙なもん引っかけようとしやがって」


 瞬く間に床に敷き詰められた石材の一部が溶け崩れ、真っ白な下地が露わとなる。

 白い塔を構成する芯材。どんな手段を使っても一ミクロンさえ削れない、金属なのか粘土なのかも不明な代物。

 石を角砂糖みたく溶かした毒液を浴びてもノーダメージとは、本当になんなんだ一体。


〈アアァァァァ、ゴアァァァァッッ!!〉

「汚い上にうるせぇ。天才の知的好奇心を妨げるんじゃねぇ、叩きのめすぞ」


 連続で飛ばされる毒液。

 が、腹に穴が空いてるせいか狙いが甘い。へたくそめ。


「ったく」


 避けつつ歩いて近付く。

 踏み潰そうとしてか、頭上から前脚が迫る。


「おせぇ」


 ひらりと躱し、空振ったところに銃口を押し付け、五連射。

 左前脚が吹き飛び、バランスを崩し、横倒れとなるマンティコア。


「……近くで見ると、マジで救いようがねぇ顔面だな」


 俺へと向ける目に、ようやっと恐怖と脅威の色が混ざる。

 判断が遅過ぎて逆に可哀想になってきた。こうなったら、せめて顔立ちくらいは整えてやろう。ちょうど同じ高さに顔が来たし。


「いざ手術廻戦」


 やたらエラの張った頬骨を撃ち砕く。

 次に形の悪い顎も削る。なんか鼻もアレだから取っ払おう。

 蒙古襞付きの分厚い瞼も野暮ったいからブチ抜いて……左右で骨格歪んでて均一にならねぇな、いっそ目玉ごと潰しとくか。

 毛虫みたいな眉毛も印象悪いから皮膚ごと抉っとこう。つーかもう全部削いじまった方が早いな。


「術式完了。ああ、お代は結構。何せ無免許だ」


 魔弾数十発による整形処置の結果、結局首から上が全部無くなってしまった。

 すまんな。元がダメ過ぎて、流石の天才にも手の施しようがなかったわ。





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