第22話 ファンブル






 ──厄日だ。


 目の前の怪物と対峙しながら、心底そう思った。


「はぁっ……はぁっ……」


 実質的な採用試験である登録申請書類の提出をパスし、探索者になって半年。

 命懸けな割、想像していたよりも実入りは良くなかったけど、それでもアルバイトよりは格段に稼げるこの仕事にも慣れ、調子が良ければ月に数十万の金も得られるようになった。


 だからこそ、もう一段上を目指そうとした。


 二級探索者になれば今の倍、いや三倍の収入だって叶う。

 それに、一枚でも多くのコインを持ち帰る必要があった。この牢獄みたいな世界で、たった一人残った家族のために。


「くそっ……」


 入念に準備し、付与の発現者に相応の謝礼を包んで雷属性を与えてもらい、戦闘で何度か順路を見失いながらも半日以上かけて十階層まで辿り着き、セカンドスキルを──それも、喉から手が出るほど欲していたものを得た。

 召喚符カードをEランクに進化させるための条件、コイン千枚の貯蓄も今までコツコツ貯めた分と今回の道中で集めた分とで達成し、あとは一階のモノリスに捧げればいいところまで来ていた。


 ──上手く行く筈だった。進む先に光が見えていた。


 崩界が起こってからの一年で祖父母を亡くし、四年前のあの惨劇で父と妹を亡くし、母は今も自力では病院のベッドから起き上がることさえ出来ない。

 そんな暗澹とした状況が、好転に向かう筈だった。


 なのに。


「なんで、よりによって、こんな時に……がっ……!!」

〈ガラララァァ……〉


 Eランククリーチャー『マンティコア』。


 獅子の身体に人の顔、蠍の尾を持つ怪物。

 その体躯は、地球の陸棲生物で最大のアフリカゾウよりも更に二回り巨大。


 そして同じランクのクリーチャーの中でも、飛び抜けて残虐。


「勝て、ない」


 安全地帯である十階層の仮眠スペースで八時間眠ったけど、ここに来るまでの道中やけに多くのクリーチャーと遭遇し、戦闘と逃走の連続によって再発した疲労で反応が鈍い。

 付与が持続する二十四時間の刻限も、ついさっきエレベーターの中で尽きた。


 セカンドスキルに豪力を発現しなかったボクの攻撃は、元々の火力不足に消耗も重なって、Fランクとは段違いの出力を持った外套に遮られ、マンティコア本体まで届かない。

 ここまで苦楽を共にしてきたガーディアン、ヒグマとだって組み合える膂力を持ったレアスケルトンのノワールも、まるで歯が立たずバラバラに砕かれた。


 甚大なダメージによって強制的に召喚符カードへと戻されたガーディアンは、八時間再召喚が出来なくなる。

 二対一でも防戦一方の劣勢だった。攻撃役の手勢ノワールを失ったボクに、もう打てる手は無い。


「ごめん……ごめんなさい、母さん……ッ」


 折角、求めてやまなかったセカンドスキルを手に入れたのに。

 動かなくなった母さんの身体を、治してあげられるかもしれなかったのに。


 まだ──あの人に、もう一度会えていないのに。


〈ハルルルルッ〉


 人面を歪ませ、嘲笑うようにボクを見下ろすマンティコア。

 こいつは獲物が生きたまま人肉を貪るという。四肢を押さえ付け、悲鳴を聞きながら内臓を食らうのだとか。


「……いや……そんなの……死にたく、ないッ……」


 頭から血の気が引いて、目の前が真っ暗になる。

 足に力が入らなくなって、へたり込んで、全身が芯から震え始める。


 そしてマンティコアは、それを楽しそうに眺めている。

 やがて大樹の幹のように太く強靭な前脚を持ち上げ、踏み付けようと近付き──






「──当たらねぇ。スキルの故障か?」


 鉛色の光条が、目の前を通り抜けた。





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