第18話 トレード






 俺が満十八歳の誕生日を迎え、そして探索者となってから二週間。

 短いようで長かった雌伏の日々。それがとうとう終わりを迎えるのだ。






 白い塔一階、探索者支援協会の応接室。

 来客用のちょっといい感じなソファに座った俺の対面で、眼鏡に七三分けと惚れ惚れするほど絵に描いたようなサラリーマンスタイルの職員が、テーブルに資料を並べる。


「こちらが現状、私共の方で御用意出来るEランク以上の召喚符カードのリストです」


 今日俺がここを訪れた用件は、運悪くモノリスから引き当ててしまったCランク召喚符カードのファフニールを、別の召喚符カードするためだ。


 まあ召喚符カードのトレード自体は、実のところそこまで珍しい話じゃない。

 協会を仲介に立てて探索者同士の間で交換したり、引退する探索者が協会に売却したり、逆に協会が保有するものを探索者が買ったりと、そういう取引全般をトレードと呼ぶ。


 探索者の等級によって所有できる召喚符カードの上限枚数が決まってたり、ランク毎に交換レートがあったり、他にも色々と細かい規定があって詳しく説明すると面倒なんだが……兎にも角にも、ようやっと俺も対クリーチャー用の二つの武器が揃うってワケだ。


「Cランクの交換レートはDランク三枚、若しくはEランク十五枚となっておりますが……雑賀様の危険区域活動許可証は三級ですので、召喚符カードの所有上限は……」

「二枚でしたよね。ええ、分かってますよ」


 召喚符カードという限られたリソースを、今現在の俺のような等級の低い探索者に多く回すことが出来ないのは当然の帰結。

 今日この場で所有権の譲渡が行えるのは二枚まで。二級に上がれば所有上限も増えるため、残りはその時ってことになる。


 ……しかし。分かってたが、少ねぇな。


 Eランクは二級探索者にとっての主力。けれど二級の活動区域である十一階層から十五階層を練り歩くクリーチャー達もまたEランクに区分されているため、召喚符カード一枚では心許なさを感じる者も少なくない。

 協会としても、ただでさえ数が少ない上に労働力とするにも扱い辛いEランク以上の召喚符カードは前線で活躍する探索者達へと積極的に放出しているので、タンスの肥やしなど皆無に等しいのだ。


 つーかリストに記載されてる召喚符カードの殆ど全部、まだ協会に現物が無い。

 いや、モノ自体は普通に協会の保管庫にあるが。そうじゃなくて、どれもこれもまだ所有者が居るじゃねぇか。しかも売却予定日が最短でも二ヶ月後、場合によっちゃ半年後とか、ふざけてんのかよ。


 思わず舌打ちをしたくなるも、別に協会や職員が悪いワケではないため堪える。

 強いて言うなら、Eランク以上の召喚符カードをダブつかせておけるほどの余裕が無い北海道セカイ情勢が悪い。


「……リストに無いものでも、Fランクであれば今日この場で御用意も出来ますが……」


 遠慮がちな職員の言葉に、それもやむなしか、と思う。

 が、先日レアのガルムを見せびらかされた身としては、Fランクで妥協するのは心情的にかなり厳しい。進化にも手間がかかるし。


「……ん?」


 どうしたもんかと思考をかき回していたら、リストの末尾に目が留まった。


 現所有者の名前が無い、つまり協会で保有プールしている召喚符カード


 しかも──まさかの、Dランク。


「あの。これは?」

「あ……」


 指差して職員に尋ねると、何やら気まずそうな表情。

 しばらく目を泳がせた後、おずおずと口を開く。


「その召喚符カードでしたら、確かにすぐにでもお渡し出来るのですが……少々、いえかなり問題がありまして……」


 歯切れの悪い態度。

 視線で続きを促す。


「……誰の召喚にも、一切応じないのです」

「は?」


 そんなことある?





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