第11話 六階層






 数分かけて五階層に着いた後、すぐ隣に備わった上行きのエレベーターへと乗り換える。

 そして到着した六階層の景色をひとしきり見渡し、俺は思うままを呟いた。


「広くなったな。匠の仕事か」

「最短距離を早足で歩いて何事も無ければ五分ずつくらいで抜けられる二階層から四階層と違って、六階層以降はグンと規模が大きくなるわよ。私もまだ行ったことないけど、十一階層からはも激変するらしいわね」


 白い塔の内部は空間が歪んでおり、階層によっては外観の何十倍何百倍も広い。

 六階層スタートで十階層まで行く場合は順調に行って六時間から半日前後、復路のことも考えたら泊まり込みを視野に入れる必要が出て来るスケールだとか。


「ま、見通しが利くってことは俺のファーストスキルが火を吹くってことだ。存分に暴れさせてもらうぜ」


 腰のホルスターからリボルバーを引き抜き、軽くガンスピン。

 それを見たレアが、切れ長な目を細めた。


「にしても貴方が魔弾を発現させてたなんてね。道理で初日に難なくエルダーコボルドを倒せたワケだわ、剣や槍みたいに時間をかけて扱いを練習する必要が無いもの」

「ハッ。この天才かつ最強なナイスガイのシドウくんなら、どんなファーストスキルだったとしてもエルコボくらいワンパンでスパーンよスパーン」

「たとえ事実であろうと、よくそんな自己評価を恥ずかしげもなく並べられたものね。天才儚げ美少女探索者のレアちゃんもびっくりだわ」


 そう言ってこれ見よがしに溜息を吐くレアが手にした得物は、十字形の穂先を持つ模造槍。

 奴さんのファーストスキルは、どうやら『魔槍』らしい。


「Cランク召喚符カードの件といい、レア物に縁があるのね」

「そう言えばお前もだな」

「……まあ確かに、私ほどのパーフェクト美少女は希少レアだけど」


 ファーストスキルはやたら発現率に偏りがあり、スロット持ちの約九割が魔剣か魔槍を発現させる。


 残りの二種、魔甲はおよそ十人に一人。

 そして俺が持つ魔弾に至っては、概ね百人に一人しか発現しない。


「珍しけりゃいいって話でもねぇだろ」


 持ってる奴の数が少ないってことは、つまりデータやノウハウが蓄積されていないということ。

 この天才かつ最強なナイスガイのシドウさんにとっては大した問題じゃないが、そこらの奴らが魔弾を発現させたらイロハを教わる相手を探すのにも苦労する筈。


「お。早速おでましだ」

〈ルオオォォォォ……〉


 音がうるさいからか、エレベーターを降りた直後はクリーチャーの襲撃を受けやすい。

 俺達の気配を嗅ぎ付けたらしい槍を携えたエルダーコボルドが、壁の向こうから現れた。


「チッ、エルコボかよ。折角の六階層なんだから、とうせならニューフェイスを拝みたかったんだが」

「協会調べの統計データによれば、六階層と七階層のクリーチャー出現率はエルダーコボルドが九十八パーセントを占めてるらしいわ。真新しいのが見たかったら差し当たり八階層まで行かないとね」

「だりー」


 肩を落としつつ、槍を構え、魔槍を発動させようとするレアを制す。


「慣らしついでだ。俺の素晴らしい射撃テクニックを見せてやろう。惚れるなよ?」

「そう。貴方に惚れるなんて物理的に不可能だけど、じゃあ、お言葉に甘えて」


 割と失礼な口振りと共に構えを解いたレア。物理的に無理ってなんだ貴様。

 一方の俺は腰だめにリボルバーを構え、片手でファニングショット。


「二本足で立つ芸を覚えた犬っころめ。ごほうびの鉛玉だ、蜂の巣になりな」


 ファニングとは引き金を絞ったまま撃鉄を連続で滑らせる連射技術。スキルは使用者のイメージを拾って発動されるので、こうすればリボルバーでも早撃ちが可能。

 まあ俺の場合は左腕が使えないため、五指の中で最も動きが鈍い親指を素早く動かさねばならんが、それでも鍛え上げた握力によって秒間三発か四発はいける。


 薄暗い階層内を疾り抜ける、鉛色を帯びた幾筋もの光条。

 俺のイメージをスキルが拾って再現している銃声が十数度、石の迷宮に鳴り渡る。


 ──決まった。決まり過ぎた。

 もし西部開拓時代のアメリカに生まれていたら、間違いなく俺は世紀のガンマンとして歴史書にデカデカと名を刻んだだろう。


「ねえ」

「なんだ。人が余韻に浸ってるところを」


 ジト目をこちらに向けているレアを見返すと、正面を指差される。

 示されるまま視線を流せば、あれだけ撃ったのに無傷で立っているエルダーコボルド。


「一発も当たってないわよ」

「…………」


 すたすた、と無言で歩く俺。

 間合いに入るや否や、レアの得物よりも数段太い大槍を突き出すエルダーコボルド。


 足を止めずそいつを躱し、懐に潜り、土手っ腹に銃口を押し付け、発砲。

 脇腹の三分の一近くが吹き飛び、呻き声と共に体勢を崩したところで、顎へと更に発砲。


 頭部を丸ごと失い、糸が切れた人形のように倒れる巨体。

 俺は踵を返し、レアの隣まで戻ると、砂と崩れ始めたエルダーコボルドの方へ再び向き直り、真っ直ぐ銃を構え、ニヒルに笑った。


「──銃は槍より強し。武器の強さってのは、間合いの遠さで決まるのさ」

「だったら貴方の銃は最弱じゃないの」


 だまらっしゃい。





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