第8話 断絶されたセカイ
想定外の出費に頭を抱えていたら、いつの間にやら始業時間。
最近、嫁さんの不倫が原因で離婚調停中の担任が教壇に立ち、朝礼。
いつにも増して生気と覇気が無い。親権バトルの旗色が悪いと見た。
「えー……では、一限目を始める……」
俺の通う高校は一学年二百人ほど。
そして俺が所属するクラスの二十二人は、全員がスロット持ちだ。
と言うか、学年のスロット持ちを全員集めた、ある種の特別クラスだ。
だから他クラスよりも白い塔、ダンジョン関連の授業が多い。
当然っちゃ当然か。このセカイがダンジョンから得られる資源で成り立っている現状、一人でも多くの探索者を排出することは急務だからな。
「──皆も知っての通り、この北海道は八年前『赤い壁』によって断絶された」
なんとはなし窓の外を見る。
地を覆い、空を覆い、セカイを覆い、太陽の代わりに光を注ぐ天蓋、赤く輝く光壁を。
「外界との通信手段、連絡手段、観測手段の一切が絶たれ、黎明期の混乱や四年前に起きた『六十秒の惨劇』によって、当初は五百万人以上だった人口も今や三百万人を割っている」
ぎし、と義手と生身の境目が小さく軋む。
「北海道知事、北海道警察、陸上自衛隊北部方面隊などいくつかの組織が合併して結成された代理政府の尽力により、ここ数年は小康状態を保っているが、まだまだ予断を許さない状況だ」
一番でかい問題が、今なお完全に片付いたとは全く言い難い物質不足。
「元々日本は資源の大半を諸外国からの輸入に頼っていた国だ。その全てが突如失われた上、本州との繋がりすら無くなってしまった八年前当時のことは、君達の記憶にも新しいと思う」
最初の一年、それも半年過ぎたあたりが一番酷かった。
水や食料、電気なんかは辛うじてどうにかなっていたが、他は手が回っていない部分が多く、特に深刻だったのは医療品。
体力の無い年寄りや赤ん坊が、ちょっとした薬さえあれば良くなるような病気で、毎日のようにバタバタ死んで行った。
「本来この北海道では手に入れようがない物質の枯渇。それを解決させたのが、皮肉にも我々を閉じ込めた元凶の片割れ、白い塔から得られる『コイン』だ」
全員に配られる数枚の資料。
協会のホームページから印刷された、白い塔に関する一般公開情報の一部。
「代理政府が占有する『チャンバー』にコインを投入することで、この地球上で入手可能なあらゆる物資に変換することが出来る。私達一般人には触ることも許されない代物だ」
運用を誤れば、閉鎖された北海道というセカイの秩序も均衡も何もかもを再び崩壊させかねないパンドラボックス。
故に代理政府は
「コインを入手するためには白い塔を登らなければならず、白い塔を登ることが出来るのは君達スロット持ちだけだ」
スロット持ち以外が乗れば、ダンジョンのエレベーターは動かない。
エレベーター以外の方法、例えば塔の外壁を崩して中に入ろうとする試みも幾度と行われたが、その全てが失敗に終わっている。
「今現在、協会に登録されている探索者の数は、およそ五万人」
総人口の一.五パーセントちょっと。
ありとあらゆる物資を
まあ、仕方ない。
そもそもスロット持ちが全体の一割程度な上、その中に幼児や年配者も結構な数が含まれてることを鑑みれば、そんなもんだろう。
「……君達の中には、既に探索者としての活動を始めた者も居ると思う」
隣席のレアを含む数人が、各々反応を示した。
「教育者として、生徒を危険な場所に飛び込むよう焚き付ける方針には頷けないが……君達の働きがなければ、私達人類はこの牢獄で生き延びることさえできない」
握り締めた拳を教壇に擦り付け、きつく目をつむる担任。
この人も黎明期の物資不足で身内を亡くしてるからな。色々思うところがあるんだろう。
──と。そんな感じに神妙な空気となったところで、携帯の着信音。
崩界以前の色々な便利機能が備わったスマホとは違う、最低限の通信機能に留まった簡易携帯電話を取り、耳に当てる担任。
「なんだ。今授業中──またその話か!? いいか、お前に
始まったよ。
最近こんなのばっかで、全然授業が進みやしねぇ。
しばらく担任変えてくれ。
「……雑賀ァッ!! 何やってんだお前は!」
おっと飛び火だ。八つ当たりは余裕の無い奴がすることだぞ。まあ離婚調停中の身空で余裕なんてあるワケないか。
つーか、こちとらアンタが授業やらないから早弁してるだけだってのに。
「早弁てのはな、隠れてコソコソ食うもんだ! それをよくも堂々と!」
おお、ご尤も。
その発言だけ切り抜けば、まさしく教育者の鑑だな。
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