第7話 不運






「えぇ!? Cランク召喚符カード!?」


 妙な引き運のせいでまるまる潰れてしまった土日が明け、訪れた月曜日。

 一週間で最も憂鬱な、蛇蝎の如く忌み嫌われている今日という日を最低最悪のテンションで始める羽目となり、道中のコンビニで買ったアイスを舐めて己を慰めつつ、重たい足取りで学校へと向かった俺。


「朝っぱらからデカい声を出すな。骨間筋に響く」

「あ、ごめんシドウく──え、それどこの部位?」

「なんだ知らんのか。指の間にある筋肉だ」

「そこにピンポイントで声響くかな……」


 窓際最後尾という特等席でグダってたら、クラスメイトの小男が話しかけてきたため、先日の苦労を愚痴混じりに話す。


 ところでコイツ、名前なんだっけ。

 ボブ・ハルマゲドンか五所川原ごしょがわら馬之助うまのすけのどっちかだったと思うんだが。


「おーい、木下きのした。今日お前日直だろ、ノート集めてくれよ」

「あ、そうだった! ごめんシドウくん、また後で!」


 どっちも違った。そうそう、木下・カルーアブルー・悠真ゆうまだったわ。

 なんだカルーアブルーって。ふざけてんのか。


「──そう。貴方だったのね」


 純日本人的な醤油顔に全くそぐわない名前を与えた木下の両親のセンスに脱帽を感じていたら、隣の席から涼しげな声。


「昨日ダンジョンから協会に戻ったら、最後のCランク召喚符カードが排出されたって話で持ちきりだったわ」


 ぱたん、と読んでいた本を閉じる音。

 本来セーラー服ですらないウチの高校の制服を改造どころか新造した黒セーラー、それもやたらスカート丈を切り詰めたものに身を包み、切れ長の目をこっちに向けてくる女子生徒。

 

 霧伊きりいレア。嘘か本当か知らんがつい先日、フッた男の数がとうとう百人をマークしたという噂の、当校一モテるが友達は一人も居ない女。理由は明白。


「残念ね。その妙な引きの良さのせいで、貴方は探索者の頂点を志す私のライバルとして第一歩目から既にコケてるわ」


 そう言って探索者の証、それも危険区域活動許可証をひらひら見せつけてくるレア。


「お前いつの間に昇級したんだ」

「昨日よ。私ともあろう者が、九日もかかってしまったわ」


 俺より十日ばかり誕生日が早いコイツは、早々と次のステージに進んでるってワケだ。

 ま、二級や一級程度じゃ自慢にもならんが。


「本当にツイてないわね。六階層から十階層、つまり三級探索者としての活動はFランク以上の召喚符カードを所持してることが絶対条件。今の貴方はその条件を満たしていないから、五階層よりも上に行くことすら出来ないわ」

「マジで?」


 知らなかった。規約表とか八割方読み飛ばしてたし。

 だから赤いメダルを持ち帰る必要があったのか。


 参ったな。最悪、来週末に行う予定のまでは単独で攻めようと考えてたのに。

 コボルドを何十何百叩きのめしたところで何ひとつ進歩など見込めないぞ。どないせーっちゅうねん。


「……そうね。可哀想な貴方に、この天才儚げ美少女探索者が情けをかけてあげても構わないわよ? ライバルが不甲斐ないと張り合い無いもの、感謝してよね」

「あぁん?」


 なんて恩着せがましい前振りだ。歩く校則違反の分際で。

 つーかいつも思うが自分で言うかね、天才儚げ美少女とか。天才で最強かつナイスガイなシドウくんも、その面の皮の厚さにはびっくりだわ。


「明日の祝日、一緒にダンジョンを登ってあげてもいいわよ? 私とチームってことなら、召喚符カードを持ってない今の貴方でも十階層まで行けるわ」

「マジか」


 こいつは僥倖。飛んで火に入る夏の虫。少し違うな。

 何かにつけて突っかかってくるチクチク女だと思ってたが、いいとこあるじゃねぇか。


「是非頼む。助かるぜレア」

「……そう。じゃあ交渉成立ってことで、今日の放課後は億疋屋のパフェ奢ってね」

「あ?」


 億疋屋って、駅前のフルーツパーラーか。

 俺の記憶が正しければ、あそこのパフェって一杯五千円くらいしたと思うんだが。


「行きたいんでしょう? 上の階層」

「ぐぬぬ」


 選択の余地は無かった。

 そして前言撤回。こいつは人の足元を見た挙句、骨の髄までしゃぶり尽くす悪魔だ。





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