第4話 Fランク
白い塔を跋扈するクリーチャーは、協会が保有するリストによって七段階でランク分けされている。
一番下がG。と言っても、これに分類されてる中で敵対存在として現れるのはコボルドだけだが。
強さは概ね肉体派の成人男性並み。天才で最強かつナイスガイの俺からすれば、外套さえ貫通できれば対一なら特に苦戦する要素は無い。
で、下から二番目がF。エルダーコボルドは、このランクに該当する。
Fランクの強さの目安は『ヒグマやベンガル虎などの大型猛獣と同等』。要は普通の奴ならライフルを持っててもダッシュで逃げるレベル。
ファーストスキルを発現させたスロット持ちも基本的な身体能力は発現以前と変わらないため、タイマンは分が悪い相手。正面切ってやり合うならセカンドスキルが欲しいところだろう。
まあ、本来このランクに相当するクリーチャーが現れるのは六階層以降なので、対峙する時には
セオリー通り五階層で
となれば、いかに天才・最強・イケメン・高身長の四拍子揃ったナイスガイな俺であっても、こうデバフを抱えていては多少手間取る可能性が微粒子レベルで存在する。
しかも四階層は道が狭い上に曲がり角も多く、魔弾の長所である長大な射程距離は全く意味をなさない有様。
つまり倍満でピンチ。麻雀のルールは知らんが。
だがしかし、こういう苦境を乗り越えてこそ漢は磨かれて行くのだと、俺の中のレッドストーン先輩が言っている。
苦境結構。どうせ退屈してたんだ。
やるならせめて、楽しくやろうじゃないか。
〈オオォォォォォォォォッッ!!〉
砕けた石片が散弾銃並みの勢いで飛び散る威力の振り下ろし。
ひらりと避け、先端が埋まった金棒の上に乗り、俺の脚より太い手首に銃口を押し付ける。
「まず右手」
ハジく。
金棒を握る手を失ったエルダーコボルドが、奇声を上げてたたらを踏んだ。
「左脚」
膝めがけて発砲。
……無かったことにして、近付いてリテイク。
「なんで当たらねぇんだ」
四肢の半分を欠き、その場に跪くエルダーコボルド。
が、未だ戦意は失せておらず、残った左拳を握り締め、懐に居る俺へと打ち下ろす。
「っと」
ダッキングで躱し、左肩にカウンター射撃。
丸太同然の腕が丸ごと千切れ、弧を描いて飛んで行く。
「となれば、最後はそう来るよな」
こちらの首筋を狙って迫る、鋭利な乱杭歯が雑に並んだ顎。
三メートル近い巨体と壁に挟まれ、避けるための隙間が無い。
繰り返すが、俺の持つファーストスキルは魔弾。
魔甲と違って身を守る鎧など作れず、魔剣や魔槍のように武器で受け流すことも出来ない、近接戦には不向きな代物。
「セカンドスキルは、もっと俺向きなのが当たってくれるといいんだが」
呟く最中、がちんとカチ合う上下の牙。
首を守るべく上体をよじり、身代わりとなって噛み砕かれる左腕。
けれども──俺は無傷だ。
「スクラップが好物なら、好きなだけしゃぶるといいさ」
二の腕のジョイント部を外し、トカゲの尻尾切りよろしく左腕を切り離す。
驚いたか。見せかけだけの義手だっつーの。
「だがしかし、この俺に小細工を使わせたことは褒めてやる」
分厚い毛皮で覆われた心臓部に銃口を突き付ける。
ゼロ距離なら百発百中よ。
「ファイア」
発砲。穿たれる拳大の風穴。
その向こう側を覗き込むと、通路の突き当たりに五階層行きのエレベーターが見えた。
「はいはい到着さん」
五階層は一階と同様、クリーチャーが存在しない安全地帯。
階層の規模も十メートル四方ほどの広間ひとつと際立って小さく、けれど探索者にとって大きなウエイトを占めるものが二つある、とても重要な場所だ。
「こいつか」
石造りの景観にそぐわぬ、低い音を立てて唸る発電機に繋がれた現代的な機械。
その挿入口に一階の窓口で渡された書類を通すと、電子印鑑が捺されて吐き出される。
これで俺の探索者登録は無事決裁。
あとは窓口に戻って提出すれば、六階層以降の活動許可証と交換して貰える。
「さて、と」
五階層を目指した用件の半分は終了。
残り半分もパパッと済ませるべく、広間の中心に据えられた台座へと向かう。
「ここに手を置けばいいんだな」
台座表面に浮かび上がる手形に掌を重ねると、手の甲の紋様、スキルスロットが輝き始める。
数秒ほどで光は収まり、気付くと俺は手中に何か持っていた。
「これが
倒れたクリーチャーが遺すコインに良く似た、けれども真っ赤な色合いのメダル。
目的を両方とも果たした俺は、くるりと踵を返す。
「帰るとするか」
こうして、俺の初めての白い塔──ダンジョンへの突入は幕を下ろした。
まあ、正確には一階へと降りるまでにもう一回エルダーコボルドと遭遇したり、コボルド十匹の群れに襲われたりもしたんだが、取り立てて語るほどの話でもないだろう。
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