第3話 異変
白い塔内には階段が存在せず、階層の移動は石造りのエレベーターによって行われる。
尤も、基本的には隣接した階層にしか行けない仕様のため、上に行くにしろ下に戻るにしろ、その都度入り組んだ階層内を歩き回って次のエレベーターまで向かわねばならん、快適には程遠い代物だが。ついでに動いてる最中ゴリゴリうるさいし。
しかもこのエレベーター、重量制限が三百キロ足らずときた。ちょっと体格の良い男が持ち物込みで乗れば、下手すれば三人でもギリギリだ。
重ねて、スロット持ち以外が乗ろうとすると何故か動かなくなる。お陰で人海戦術が使えず、八年経ってもマッピングがあまり進んでいない。
まあ
「だいぶキモいな。茶の間に流したら総スカン食らうような映像だ」
四階層を歩いてたら、壁や床からコボルドが生まれてくる、と言うか生えてくる最中の場面に出くわした。
剥き出しの骨に肉や皮が纏わりついて輪郭が形成されて行く、サウンド的にもビジュアル的にもアレ過ぎる光景。こんな感じの仕組みでクリーチャーが発生するってのは聞いてたが、いざ実物を見るとかなり気色悪い。
目の毒を通り越して公害だ。さっさと撃ち殺そう。
「当たらねぇ」
曰く、動き回る者を相手にした場合の拳銃の命中率は、五メートル前後の距離だと良くて二割ほどだとか。
つまり、今のところゼロ距離以外で一発も当たってない俺だが、そもそも拳銃とはそういうもんだってことだ。
俺が下手なワケではない。断じて。
「小銃を勧められたのも頷ける」
ファーストスキル四種は、媒体とする品によって性能が変化する。なんなら個人差も大きい。
例えば魔剣の発動媒体に刀を使えば概ね斬れ味に特化し、西洋剣なら強度面で優る。
要は武器に対して抱くイメージが、そのままスキルの出力結果に影響を与えるらしい。逆に言えばイメージが全てなため真剣や実銃を使う必要が無く、こうしてモデルガンを腰に下げてるって寸法。
閑話休題。
語るに及ばず、拳銃よりも小銃の方が平均的な弾の威力は高い。
ついでに言えば据銃の安定性も段違いで、必然的に命中精度も大きく上回る。自衛官だったオジキ曰く、伏せ撃ちで二百メートルくらいなら素人に毛が生えた新人でも八割は的に当てられるとか。
が、生憎と小銃やショットガンなどの大物を使う気は無い。
何故なら趣味に合わないからだ。要は格好の問題だ。
格好の問題は何を差し置いてでも優先される。常識だよな。
「やはり拳銃、それも十九世紀後半に作られたシングルアクションリボルバーこそ至高。無粋な近代以降の銃など持って歩く気にもならん」
つーか小銃は両手で使うもんだしな。無茶言うなよ。
床から這い出ようとする生まれかけのコボルド。
その目玉に銃口を押し付け、発砲。
鉄臭くてドス黒く赤い花が、パッと咲いて散った。
「しかし、なんだ。合格率三割が聞いて呆れるイージーさだな」
所詮は『体育会系成人男性と同程度』と目安されてるGランクか。正直な話、コボルドが何匹襲ってきたところで寝ボケてても勝てそうだ。
つまらん。実につまらん。
こちとら初めてのダンジョンだし物見遊山気分でここまで来たんだぞ。もっとサービス精神を発揮しろ白い塔、ふざけるんじゃないよ全く。
「ン」
そんな感じでグチグチ文句垂れつつ歩いてたら、五階層行きのエレベーター近くの曲がり角に差し掛かったところで、ちりっと首の後ろに伝う殺気。
ハンドポケットのままバック宙で身を躱すと、コンマ五秒前まで立っていた位置に一九〇センチある俺の背丈よりデカい金棒が振り下ろされ、石の床を砕き割った。
〈グォォアアアアアアアアッッ!!〉
次いで、けたたましい咆哮。
角の奥から姿を現したのは、さっきまでの奴等より軽く二回り以上デカいコボルド。
「なんだコイツ」
いや待て、そうだ、知ってる知ってる。説明会で聞いた。つーかリストで見た。
白い塔の二階層から四階層に出現するクリーチャーはコボルドだけだが、極々稀に一段階ランクが上の個体が生まれることもあるとかなんとか。
あらかじめ聞いてた話よりもコボルドの数が妙に多いと思ったら、コイツの影響か。気になって危うく夜しか寝れなくなるところだった。
「お前が『エルダーコボルド』だな? ドーモ、ハジメマシテ」
万が一にも遭遇するやつなことがあったら……アレ、説明会の解説役やってたオッサンなんて言ってたっけか。半分寝てて聞きそびれたかな。
確か「絶対逃げろ」か「ケツの穴に手ぇ突っ込んで奥歯ガタガタ言わせたれやぁ! 薄汚いクリーチャー共は一匹残らずサーチ&デストロイじゃあッ!!」のどっちかだったと思うんだが。
…………。
たぶん後者だな、うん。そんな気がする。
「つーワケで、早速だがくたばりやがれ」
ホルスターからリボルバーを引き抜き、腰撃ち。所要時間コンマ三秒弱。
更に立て続けてのラピッドファイア。三秒間で十一発の連射。シングルアクションの片手撃ちとか明らかに連射には不向きだが、握力三桁の指捌きを刮目せよ。
決まった。決まり過ぎた。
北九州のビリー・ザ・キッドと呼んでくれ。縁もゆかりも無いけどな、北九州。
「鉛玉の代金は、てめぇの命──」
〈オオアアァァァァァァァァッッ!!〉
気分良く決め台詞で〆ようとしたところ、金棒のフルスイングが眼前に迫る。
紙一重、スウェーバックで躱し、余波の風圧を利用する形で間合いを開く。
そして改めてエルダーコボルドを見据えると──全くの無傷だった。
「当たらねぇ……」
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