第54話 城崎ミラの憂鬱

 コツ……コツ…………コッ。


「………………」


 高等部校舎棟に向かう城崎の足が止まった。


「なにか用か? …――――御白みしろ


 誰もいない通路で一人呟くと、木陰に彼女が姿を現した。


「――城崎教諭」

「無理な頼みをしてすまなかったな」

「わかっておられると思いますが、私は本来――」

「言われなくてもわかっている。なんだ、要件はそれだけか?」

「これから、事情聴取を受けに行かれるのですね」

「……あぁ」


 少々乱暴に髪をかく城崎の口から長いため息がこぼれる。


「緊急事態だったとはいえ、あいつを部屋から出してしまったからな。上の連中がカンカンに怒っているらしい」


 いくつもの条件のもと、クゥールは学園に残ることができている。だからこそ、今回のようなことはできるだけ避けたかったのが、城崎の本音だ。


 ――あらゆる叱責を受けるだろうが、そんなことは些細なことだ。


 城崎はふと目を閉じ、彼の顔を思い浮かべる。


 ――私が頭を下げることで、あいつがここに残れるのなら……。


「……私はこれで――」

「――助かった」


 ゆっくりと目を開けた城崎が前を向いたまま礼を伝えると、


「……失礼します」


 と椿は言い残し、その姿が木陰に消えた。


 ………………。


 ――どうやら、まだまだ時間がかかりそうだな……。


 教師の悩みが消えることはない。

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