第41話 英雄の背中

「フハハハッ!」

「ッ……そこから一歩でも近づいてみなさい、これで叩き切ってやるわッ!!」


 震える手で剣先を向けると、男がニヤリと笑った。


「ほぉー、そりゃー楽しみだ」


 ――ッ……なんなの、コイツ……剣を向けられてるのに全然動揺してない……。


「――――フッ」


 瞬きをした次の瞬間には、硬く握りしめられた拳が目の前にあった。


「ッ――!!」


 顔面に直撃する寸前、横に飛ぶことでなんとか躱すことができたが、


 ――い、今、アイツ……アタシを…殺そうとした……ッ。


 目の前の恐怖に手足が震え、冷や汗が止まらない。


「やるなぁー、嬢ちゃん!」

「ッ……殴りかかってきたクセに褒めてくるなんて、どういう神経してんのよ……ッ」


 ――でも、どうしよ……このままじゃ……ッ。


 アイラには、攻撃できない理由があった。


 ――魔力を使えるのは一度だけ……。もし、それが躱されでもしたら……。


 この緊迫した状況で、魔剣が壊れるようなことになれば――――命はない。


「さあ…――どんどん行くぜッ!」

「…………ッ!!」


 ――…ダメだッ……。


 絶望の未来が頭をぎると、体は自然と防御体勢に入っていた。


「おぉー? さっきまでの威勢はどこに行ったんだー?」

「ぐッ……」


 隙のないパンチの連続に防戦一方のアイラは、このとき人生で二度目の“死”を意識した。


 ――どうやったら……どうやったら倒せるって言うのよ……ッ!


「フッ。嬢ちゃんは『攻撃は最大の防御』って言葉を知ってるか?」

「ッ……ええ、知ってるわ……ッ、だってその言葉は……」


 ――アタシ、そのものだから……っ。


 だが、今はその言葉とは真逆の守りに徹するしかないという。


 ――屈辱だわ……ッ。


「攻撃を続ける限り、相手は防御を強いられることになる。それはつまり、相手の攻撃を防いでいるってことだ」

「アタシは……ッ、アンタのそんな話を聞くために剣を抜いたわけじゃないッ!!」


 強烈なパンチに弾かれる形で距離を取ると、震える足で立ち上がり、再び剣を構える。


「ハァッ……ハァッ……」


 ――コイツ……アタシが攻撃できないことに気づいて、敢えて軽いジャブしか打ってこない……。


「フハハハッ!」


 ――性格悪ワルっ!! こんなヤツ、アタシの一撃で…………って、ダメでしょ!!


 そのとき、ふと頭に浮かんだのは、授業をサボってクゥールの部屋に行ったときのことだ。




『いいか? 今から言うことを胸に刻め』


 ――自分の力を“過信”しない。

 ――如何なる場合も“油断”しない。

 ――“迷い”で剣を鈍らせない。


『この三つを忘れるな。たとえ、どんな状況であってもな――』


 クゥールが教えてくれた、ナイトの心得こころえ


 相手に隙を見せず、相手の実力を正確に把握し、たった一撃に全てを込める。


『お前らしさが出せれば、どんなやつにだって負けねぇーよ。俺が保証してやる』


 ――こんなときまで、アイツ……




「――戦闘中に他のことを考えちゃいけねぇーなー」


「え――」




 他のことに気を取られ、剣を握る力が弱まったほんの一瞬を……敵は見逃さなかった。


「――ッ!! しまっ…――」




「はぁあああああああああああああああッ!!!」




 向かってくる拳に、アイラは反射的に目を閉じたが、体になにかが当たる感触はなかった。それに……


 ――今、上の方から声が……




「――大丈夫か?」




「っ…………あ」


 ゆっくりと目を開けると、黒い服装に身を包んだ“あの男”の背中があった。


「ア、アンタ……っ、どうして……」

「弟子のピンチに、助けない師匠がどこにいる?」

「…………っ!!」


 危機的な状況にも関わらず、自分の中で安心感が広がり、アイラは目に涙を浮かべる。


 ――泣いちゃ、ダメなのに……っ。


 目尻に溜まった涙を手で乱暴に拭うと、ぼやけていた視界に大男の顔が映った。


「オレの拳を……受け止めただと……?」


 渾身の拳を黒いコンバットナイフで受け止められたことに驚きを隠せないのか、男は目を見開き、口を大きく開けている。


 ピキッ――


 鈍い音とともにナイフの刃に亀裂が入ると、ものの見事に砕けてしまった。


「あーあ、お気に入りのナイフちゃんが……」


 そう言ってクゥールは別れを惜しむこともなく、ナイフをポイッと地面に捨てた。


魔具マグなしでこの威力…………あんた、何者だ?」

「フッ……フハハハハッ!!」


 ――なに笑ってんの、コイツ……。


 笑いどころがいまいちわからないが、そんなことを気にする余裕がないことだけはわかる。


「……まっ、なんでもいいや。俺の“女”に勝手に手を出したって事実に変わりはねぇーんだからな」


 ――…えっ。


「っ……な、なによ……っ。そんなこと言っても……許してなんて…――」

「あ、間違えた。俺の“弟子”に手を出すなんて、場合に寄っちゃーただじゃ済まさねぇーぞ!」


 ――はい? ……わかってた。ええぇ……わかってたわよ……っ!!


 緊迫した状況にも関わらず、アイラが頬をぷくぅと膨らませる。


 背後で起きていることに気づいていないクゥールが尋ねる。


「もう一度言う、あんたは……何者だ?」

「フッ……フハハハハッ!!」


 男は豪快に笑うと、大きく開けた口で自らの名前を言い放った。




「オレは――――ガラード・ロックだッ!!!」

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