第40話 英雄の監視役

「………………」


 クゥールが視線を下げると、短刀の刃が喉元をかき切ろうとその鋭利な光を輝かせていた。


「もう一度言う、貴様を行かせるわけにはいかない。――――“監視役”として」


 彼女の名前は、御白みしろ椿つばき


 時代劇などで見られる、くノ一の装束を身に纏った彼女の正体は、数百年の歴史を持つ“くノ一の里”出身の本物の忍者だ。


 表向きは高等部三年という扱いになっているが、そんな彼女に与えられた任務は、“危険人物”であるクゥール・セアスを二十四時間監視すること――。


「――座れ」

「……椿つばき先輩の行動は、なに一つ間違ってないッス。けどそれは、今が非常事態じゃなかった場合の話ッス」

「何だと?」

「ハテナ、聞いてるな? あいつの端末から位置を割り出してくれ」

『――もうやってる』


 クゥールがここにいない人物の名前を呼ぶと、どこからか声がした。


「ふっ。さすがだ」

「…………ッ!!」


 椿が視線を下げると、ズボンのポケットに入れている左手に目が止まった。


 どうやらクゥールは、気づかれないように振る舞いながらノールックで端末を操作し、ハテナに連絡していたようだ。


 ――…いつの間に。


『……っ!! これは……』

「どうした、居場所がわかったのか?」

『彼女の近く……すぐ目の前に、大きな魔力反応が一つ』

「なに?」

「えっ……も、もしかして、魔獣ですか!?」

『………………』


 ――否定はしないのか。まずいな……。


 今のアイラには、魔力量が低い魔獣ですら脅威に他ならない。


 ――もし、魔剣が壊れるようなことになったら……。


「……その反応、魔力値は?」

『二十万三千百二十』

「に、二十万……!?」

「二十万、か」


 それだけの魔力を有しているとなると、アイラ一人では到底太刀打ちすることはできない。


『半年前のクゥールなら余裕。けど、今は……』

「ミラがいればなー……」

『城崎先生は今、手が離せない』

「だよなー……困ったな」

「――勝手に話を進めないでもらおうか」


 二人の会話を止めたのは、蚊帳かやの外に置かれていた椿だった。


「貴様、この状況がわかっているのか?」


 今度こそ、喉元をかき切ろうと銀色に輝く短刀の刃がクゥールを狙う。


「……はぁ。止めておいた方がいいッスよ。ブランクがあっても、先輩には余裕で勝てるッスから」

「…………っ!!」

「先輩自身が一番よくわかっているんでしょ?」

「………………」


 クゥールの言葉に嘘はなかった。その証拠に、好き勝手に言われても椿は一向に言い返そうとしない。


 英雄の本当の実力を知っているから……。


「……だが――」

『――話は聞かせてもらった。御白みしろ、そいつを行かせやれ』


 突然割って入ってきたのは、職員室に向かったはずの城崎だった。


「城崎教諭……!」

『お前は私に借りがある。違うか?』

「っ……で、ですが……」

『生徒に危険が迫っているんだ。それを放っておくことなど、私にはできない』

「………………」


 一瞬の逡巡の後、椿は短刀をクゥールの喉元から離すと、腰の鞘に納めた。


「……教諭に免じて、今回だけは許す。だが、勘違いするな。貴様は、Sランクに指定されている危険人物なのだから」

「忘れてないッスよ、記憶力には自信があるッスから。でもサンキューッス、椿先輩♪」

「……口の利き方には気をつけた方がいい」


 そう言って短刀の鞘を掴むと、ギロリと鋭い瞳でクゥールを睨む。


 ――おっ、おぉ……。


 迫力満点とはまさにこのこと。


「貴様を一人で行かせるわけにいかない。私も行く。万が一の場合、対処するのが私に与えられた任務なのだから」

「もちろんッス。あ、ルナ、一つ頼み事を聞いてもらってもいいか?」

「ん?」

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