第39話 謎の大男

「なにもあんな言い方しなくていいじゃない…………バカ」


 学園の近く、海が見渡せる岬の灯台の下でポツンと座るアイラは、青く光る海をぼーっと眺めながら黄昏たそがれていた。


 景色はこの上なく最高だが、気分が晴れる気配は、これっぽっちもない。


「はぁ……」


 ここに来てから何度目かのため息がこぼれていると、


「…――――――ッ!!?」


 突然、スカートのポケットに入れていた端末から爆音のサイレンが鳴り響いた。


「なになに何事……っ!?」


 音を止めようとポケットから端末を出すと、


 ――ま、魔獣……警報……?


 宙のスクリーンに書かれた四文字に目をパチクリしていると、辺り一帯が暗闇に覆われた。


「え? …………え」


 立ち上がって空を見上げると、アイラの手からスルリと端末がこぼれ落ちた。


「あ…あれは……」


 雲の隙間をかいくぐり、地上に降り立つ災厄バケモノ




「あれが…――――魔獣……」




 テレビの画面越しでは決して伝わることのない圧倒的な迫力と、呼吸を忘れてしまうほどの禍々しいオーラ。そしてなにより、十メートル近くある巨体が空から落ちてくる様は、まさに隕石そのものだった。


 見える範囲だけでも、四体の魔獣が学園に向かって降下している。


 その狙いはただ一つ…――――――人間だ。


 大きな口を開き、その獰猛な牙で人間エサを狙っているのだ。


「…………ッ」


 すると、先行する魔獣が背中の翼をひるがえしたことで突風が巻き起こる。


「ちょっ……!!」


 周りの木々が波のように揺れる中、アイラは激しい突風で吹き飛ばされないために慌ててその場にしゃがみ込む。


「な、なんなのよッ! もおーっ!!」


 踏ん張ること、約二十秒。


 やっと風が収まり、アイラは胸を撫で下そうとしたが、間髪入れずにまた突風が巻き起こった。


「次はなにッ――――え」


 それは、一瞬の出来事だった。


 空から巨大な物体が落ちてきたのだ。


 だが、その姿を捉える前に空まで届きそうな勢いで煙が舞い上がったことで、たちまち土埃に覆われてしまった。


「ゴホッ……! ゴホッ……なによ、今の……っ!!」


 流れ星のようなロマンティックなものが落ちてくればまだよかったが、


「…………っ!?」


 地面に開いた穴の形状が“大の字”だったことで、アイラは言葉にできない恐怖を感じた。


 ――なんなの……


 サイズからして二メートル近くはあるその穴を恐る恐る覗き込むと、




「――よいせっと」




「――――…っ!!?」


 穴から人の声が聞こえてくると、アイラの顔より遥かに大きな手が出てきた。


「きっ……きゃあああああああああああああああッッッ!!!!!」


 アイラが叫び声を上げながら後退ると、大きな手が地面を掴む。


 ――なんなのッ……!?


 穴から上がってきたのは、軍服らしきシャツの袖を肩まで捲り上げた筋肉隆々な体の大男だった。


「ふうぅぅぅー」


 服越しでもわかるその鍛え抜かれた分厚い体と丸太のように太い腕が、威圧感と存在感を放っている。


 胸板が厚すぎるせいで、そのシャツの胸元が今にも破れそうだ。


「嬢ちゃん、ここの生徒か?」

「は?」


 少し乱暴な口調が鼻に付くが、そんなことはどうでもいい。


「……見ればわかるでしょ? 目、付いてんの?」


 会ってまだ一分も経っていない人にやつ当たりをするほどに、今のアイラはイライラしている。


「そうか! そうか! アハハハハッ!!」


 ――今、笑うところあった……?


「それなら話が早ぇー。一つ聞きたいことがあんだけど、いいか?」

「イヤよ」

「即答かよw 美人な嬢ちゃん、そこをどーかっ!」

「……び、美人? アタシが? …………なによ、言ってみなさい」


 ――ほんと、チョロいな…………アタシ。


「嬢ちゃん、"クゥール・セアス"ってやつを知ってるか? この学園にいると聞いたんだがよ」

「…………っ!!」


 ――クゥール……セアス……。


 今、一番聞きたくない名前が耳に入り、一瞬で頭に血が上った。


「……フンッ! あんな男のことなんて知らないわ!」


 不機嫌な顔でそっぽを向くと、謎の大男の顔付きが変わった。


「ほぉー。"あんな男"、か。ってことは、知っているんだな?」

「……ええぇーそうよ。それがなにか?」

「悪いけどよ、そいつのところに連れてってくれねぇーか?」


 ――どうしてアタシがアイツなんかのところに……。


「……アタシは今、アイツに会いたくない気分なの。どうしても会いたいのなら一人で行ってきて。ていうか、今『魔獣警報』? が鳴ってるっぽいから、避難した方がいいわよ」

「頼むよー、美人でセクシーな嬢ちゃん!」

「美人で……セクシー……? し、仕方な……イヤ、ダメでしょ……っ!」


 ――アタシはそんな軽い女じゃない……!


 アイラが首を横に振ると、大男が「ふぅー」と息を吐く。


「じゃあーしょうがねぇー。…――――無理矢理にでも、そいつの場所に連れてってもらうぞ」

「だーかーらーっ、アタシは今――」


 ――え。か、体が…動かない……ッ!?


 金縛りにあったかのように、体がピクリとも動こうとしない。


 ――ど、どうして……。


「フフッ」


 男は不敵な笑みを浮かべながら、指の関節を曲げて音を鳴らす。


 バキッ――バキッ――


 ――何者なの、コイツ……ッ!?


「オレは、子供相手に手荒な真似はしねぇー主義なんだ。ヤツの居場所さえ教えてくれりゃー危害は加えねぇ」

「ッ……は、はあ? アタシが、子供……?」

「そりゃーそうだろ? どこからどう見ても子供――」

「――――…展開ッ!!」

「おっと」


 素早い動きで魔剣を構えると、距離を詰めて一太刀浴びせようとしたが、男が後方に飛んだことで難なく躱されてしまった。


 ――あの巨体であんな動き……ッ。


 大男がドスッと鈍い音を立てて地面に着地すると、視界が揺れた。


「おぉ~、危ねぇー危ねぇー。美しいものにはトゲがあるとはよく言ったもんだ」

「…………ッ」


 うまく言ったつもりだろうが、アイラには逆効果だった。現に、魔剣の剣先を大男に向けているのだから。


「フッ。しっかし、魔剣か……懐かしい響きだ」


 男はニヤッと口角を上げ、白い歯を光らせた。

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