第38話 魔獣警報

「入るぞー……ん?」

「………………」

「あ、城崎先生……」


 部屋に入った城崎が見たのは、窓越しに空をぼーっと眺めるクゥールと、その対応に困り果てているルナだった。


「……なにか、あったようだな」


 どんよりとした空気に、城崎の口から自然とため息がこぼれる。


「えーっと……あははは……」

「……換気するか」


 そう言って部屋の窓を開けると、涼しい風が肌を撫でる。


「なにがあったんだ?」


 城崎が腰を手に当てて尋ねると、


「そ、それは…――」


 だが、続きの言葉を発することはできなかった。


 端末から突然鳴り響く、けたましいサイレンの音によって――


「……っ!!? な、なに……っ!?」

「――魔獣が現れたのか」

「えっ!?」

「どうやら、そのようだな」


 二人が真剣な表情で見ていたのは、音が鳴り続ける端末のスクリーンに表示された――――『魔獣警報』の文字。


 ピーピーッ。ピーピーッ。ピッ――


「城崎だ。――…それで――――ああ、わかった」


 通話を切った城崎の表情から深刻な状況だということが窺える。


「魔獣が――――…学園の上空に出現した」

「え」


 ――ここ、か……。


「学園は非常事態宣言を発令した。上級生は各自の配置に着かせ、下級生は全員、寮の地下にあるシェルターに避難させることになった。私は職員室に向かう、全体の指揮を執る必要があるからな」

「せ、先生、ボクは……」

「今外に出るのは危険だ。状況が落ち着くまでここにいろ」

「は、はい……っ」


 ルナの返事を聞いた城崎が顔をクゥールに向ける。


「できることなら、お前の力を借りたいところだが……」

「………………」


 スクリーンから目を離さないその横顔をじっと見つめていると、


「…………最悪の場合は、俺も動く」


 静かな声だが、とても心強い一言だった。


 ――魔獣以上に危険性があるのは重々承知だが……。


「……ああぁ。“そのとき”は頼んだぞ」


 ――いざというときは……私が……。


 クゥールが小さく頷くと、城崎は扉の方に体を向けた。


「行ってくる」


 と言い残して部屋を出て行くその背中が廊下に消え、扉がガチャリと閉まった途端、


「あ」


 ルナの顔色が変わった。額からは汗が流れ、口が徐々に開いていく。そして、


「――あぁぁあああああああああーっ!!!」

「……っ!! 急に大きな声なんて出してどうしたんだ?」


 クゥールが顔を向けると、涙目のルナと目が合った。


「っ……アイラさん……今、外にいるんじゃないの……?」

「アイツが?」


 アイラが部屋を飛び出したのは、今から約十分前のこと。ここから学生寮までは、そこまで距離が離れているわけではない。


 それだけの時間があれば、とっくに自分の部屋に着いているはずだ。


 だが、こんなにも胸騒ぎがするのはなぜだ……。


「まさか、まだ帰っていないのか……?」

「わからないよ……でも、なんだか嫌な予感がして……」


 ルナの『嫌な予感』は百パーセント当たることで有名だ。


「………………」


 クゥールが徐に端末でアイラに通話をかけたが、一向に応答がない。


「……ダメか」


 今度はルナがかけたが、いくら待てども出る気配はない。


「どうしよう……っ、もしかして、アイラさん……」


 最悪の可能性が頭をよぎるが、不思議とそうはならないと思う自分がいた。


 ――行かねぇーわけにはいかないな……まったく。




「――待て」




 立ち上がろうとしたクゥールの喉元に、突然、銀色に輝く刃が当てられた。


 彼の背後を取れるのは極限られた者しかいないが、完全に気配を消すという芸当ができる者はさらに限られる。


「――――…椿つばき…先輩……」


 と呟くと、冷めた瞳が告げた。




「貴様を行かせるわけにはいかない」

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