第42話 黒き剣

 豊ノとよのもり学園の職員室には、『魔獣警報』が発令された場合のみ開けることができる隠し扉が存在する。


 ――ウィーン。


 学園の関係者しか知らないその扉を開けて中に入ると、


「指令室、起動」


 城崎の声に反応して室内の明かりが一斉に点くと、壁一面に設置された無数のモニターとその横に並べられたデスクが視界に広がった。


「オペレーター、状況を報告しろ」

「――魔獣を捕捉、数は四」

「――四足歩行型<タイガー>二体は高等部校舎棟、飛行型<ワイバーン>二体はそれぞれ第一、第二アリーナへ降下しました」

「――ケガ人の情報は、まだ入ってきていません」


 モニターの前で情報を収集しているオペレーターから、次々と現場の情報が送られてくる。


「よし。A、Bチームは第一アリーナ、C、Dチームは第二アリーナに向かえ。先生方は各棟の防衛を」

『了解』

『わかりました』

『持ち場に向かいます』


 城崎は各チームのリーダーに指示を送ると、中央の大型モニターを凝視する。


 魔獣の行動を予測するのは困難なため、常にモニターで監視を続け、なにか問題が起きればすぐさま現場のチームに情報を送る。指令室は極めて重要な役割を担っているのだ。


 ――しかし、なぜだ? なぜ、突然現れた……?


 学園設立後、今日に至るまで、魔獣の襲来は一度たりともなかったというのに。


 ――さらに気になるのは、ハーヴァンの前に現れたという、高い魔力反応……。


「なにかが起きていることだけは、間違いないようだな……」


 壁一面のモニターを見つめながら呟いていると、


『――城崎先生』

「なんだ? 小恋ここい


 右耳のインカムから声が聞こえてきた。


『クゥ―ルが現場に到着しました。それから、大きな魔力反応の正体が判明しました』

「そうか。それで、正体はなんだ?」

『…………人間です』

「人間だと……? 身元は割り出せたのか?」

『名前は、ガラード・ロック。アメリカ支部に所属していた元ナイトです』

「なに、ガラードだと? それは本当なのか?」

『はい。間違いありません』

「…………っ!!」


 ――あの“剛腕”が、なぜ……


「……わかった。小恋ここい、なにかあればすぐに報告しろ」

『了解』


 通話を終えると、城崎は彼の名を呟く。


「――――…クゥール」






「ガラードだと?」


 ――その名前……どこかで……。


 見慣れない軍服と頬に入った痛々しい爪痕。


 ――――――…“剛腕ごうわん”のガラード。


「まさかな……」

「ねぇー! ねぇーってば!」

「っ、なんだよ?」

「アンタ、外に出て大丈夫なの!?」


 アイラの問いに、クゥールは前を向いたまま答えた。


「ああぁー、まぁーな。……万が一を想定して、ちゃんと見張りもいるし」

「見張り?」


 周りを見渡すが、人影はどこにもない。


「誰もいないわよ?」

「そんなこと、今はどうでもいいだろ。動けるんだったら、今すぐにここから離れろ」

「ど、どうしてよ!?」

「剣が壊れたときのことを考えて、攻撃できなかっただろ?」

「……っ!! 見てたの……?」

「見てねぇーよ」

「じゃあ、どうして……」

「お前が魔力を使っていたら、今頃、この辺り一帯が吹っ飛んでいただろうからな」

「あ。……そういうことね」


 二人が目を合わせず会話を続けていると、ガラードが徐に足を開き、中腰の体勢を取る。


「オレの拳をナイフ一本で受け止めた…………ボウズ、お前がクゥール・セアスだな?」

「そうだと言ったら?」




「フハハハッ! そんなの――――――…潰すに決まってるだろ?」




 ――っ!! 目付きが変わった……っ。


「……ふっ。こいつを使うのは……“あの日”以来だな――」


 クゥールが左腰のホルダーから黒い柄を出すと、魔力の粒子がドクドクと脈を打つように溢れ出す。それはまるでクゥールの怒りを表しているかのようだった。




「――――展開」




 囁いた瞬間、形成された黒い刃が青と黒が入り混じった魔力に包まれた。そして濃密な青黒い粒子が剣に吸い込まれることで、さらにその輝きを増していく。


「…………ふっ」


 クゥールがその剣を振ると、彼を中心に魔力の粒子が広がる。


 ――綺麗……っ。


 その光景にアイラは目を奪われる。


「ほぉー。かの有名な“黒き剣”…………のコピーだな」


 ――黒き…剣……。


「“英雄”にはお似合いだろ?」

「フッ……フハハハッ!! その生意気な性格、気に入ったぞぉおおおおおッ!!!」


 その雄叫びに反応して、体全体から濃い魔力の光がほとばしる。


 ――か、体から……どうして……ッ。


「あんたに気に入られても、ちっとも嬉しくねぇーよ」

「部下じゃないことが惜しいくらいだ」

「死んでもお前の部下になんてならねぇーよ。俺は、暑苦しい野郎が世界で二番目に嫌いなんだ」

「その威勢やヨシッ! フハハハハッ!!!」

「……はぁ。デカい図体といい、豪快な笑い方といい、見た目通りの脳筋か? ……ふっ」


 ――笑ってる……。なんなの、この二人……。


 底知れぬ恐怖を感じ、アイラは柄を握る力を強めた。

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