第43話 英雄VS剛腕

「さあ、始めようぜッ!」


 ファイティングポーズを取るガラードに対して、クゥールは剣を持った腕を下げて突っ立っていた。


 対照的な構えだというのに、二人の間にはヒリヒリとした緊張感が漂っていた。


 ――二人とも……ピクリとも動かない……。


 極限の緊張状態の中で、相手の些細な動きから次の一手を読み、そこから二手三手……と先を読んでいるのだ。


 ――ゴクリ……。


 達人同士の領域に、アイラは唾を飲み込み、じっと見つめることしかできない。


「――アイラ」

「っ!! な、なによ……って、今、アタシの名前……」

「離れるつもりがないなら、そこで見ていろ――――…俺の闘いを」

「……っ。ええぇ、見させてもらうわよ」


 アイラが頷いたのを合図に、決戦の幕が切って落とされた――




「はぁぁあああああああああああああああッ!!!!!」

「ウォォオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!!」




 正面からぶつかり合った刃と拳の衝撃によって大地が揺れ、木々が呻きを上げる。


「ッ……なんて重さだ……ッ!!」


 ――手がピリピリしやがる……ッ。


「フハハハッ!!!」


 ――こ、この野郎……ッ。


 数秒間の鍔迫り合いの後、最後は互いに弾かれる形で距離を取った。


「チッ、欠けてやがる……」


 今の衝撃で刃こぼれが起きていた。


 魔獣の分厚い体を切り裂くことができる魔剣の刃は、そう簡単にヒビが入るものではない。だが、ガラードの拳はいとも簡単にそれをやってのけたのだ。


 ――それだけの威力を持ってるってことか。……それに……


 刃こぼれが起きた原因は他にもある。


 クゥールの魔剣は、二度目のサウザンド・ブルー以降、放置されていたため、十分な整備が行われていなかったのだ。


 ――こんなことなら、ハテナにこっそり整備を頼んでおけばよかったな……。まぁ、監視されているから会うことはできないんだけど……。


「ウォォオオオオオオオオーーーッ!!!」

「――――くッ!!」


 ――このゴリラ、馬鹿の一つ覚えみたいに突っ込んできやがって……っ!


「フッ」

「なにッ――」


 再び剣と拳がぶつかろうとした瞬間、クゥールの体が見えない力に押され、十メートルの二本のラインを地面に引いた。


「クソッ……バケモノかよ……ッ」


 摩擦による熱さが足裏からジワジワと伝わってくるが、今はそれどころではない。


 拳に触れていないにも関わらず、シャツは裂け、その奥にある肌には小さな傷がいくつも広がっていた。


 ――拳圧けんあつだけで、こんな……


「フハハハッ!! どうだぁあああああーッ!!」

「ッ……あんた、どうして素手で魔剣とやり合えるんだよ」


 戦闘を開始してから気になっていたことについて尋ねると、ガラードはニヤッと笑った。


「勝つことができたら、教えてやるッ」

「……言ったな? ――――…その言葉、忘れるなよッ!!!」


 クゥールはラインの間を駆け抜け、剣を振るった。






「………………」


 アイラは、目の前で繰り広げられている二人の激闘を脳に刻もうと、瞬きもせずにじっと見つめていた。


 同じ魔剣使いとして、クゥールの技量には目を見張るものがあったが、それ以上に驚かされるのは、


「アイツ……あの剣が見えるの……?」


 ガラードは鈍重な体でクゥールの神速とも言える斬撃に見事に対応していた。


 その事実に、自分の中に微かに残っていた自信が粉々に打ち砕かれてしまった。


 ――…レベルが違いすぎる……。


 アイラは地面に膝をつき、自分の無力さに唇を噛んだ。


 ――アタシが……勝てるわけがなかったんだ……。


 二人の攻防を見つめることしかできない自分は、なんて惨めなんだろう。


「っ……アタシは……」




 ――そろそろ、か。




「え」


 急に聞こえた声に、アイラが周りを見渡すが、二人以外の姿はない。


 ――そろそろって……なにが……?


 そのとき、なにかが閃光の速さで横を通り過ぎた。


「…………ッ!?」


 恐る恐る振り返ると、そこには……


 ――ウソ…でしょ……




「――――――――――――――――――」




 木の幹にめり込む…………血塗れのクゥールの姿があった。

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