第44話 岩石の腕
激しい轟音は消え、聞こえてくるのは木の幹が軋む音だけ……。
「……ッ、生きてる…のよね……?」
「………………」
アイラが震えた声で呼びかけたが、返事はなかった。それどころか、体がピクリとも動かない。
――どうして……なにも言わないのよ……
「………………」
着ている服はボロボロに破れ、その隙間から覗く傷口からは血が流れている。
――なにが『そこで見ていろ』よ……アンタ、やられてるじゃない……っ。
「………………」
「なんで目を開けないのよ…………ねぇえええッ!!!」
「――――――…ッ」
アイラの叫び声に反応したのか、クゥールの体がほんの僅かだけ動いた。
「っ……よ、よかった……」
彼がまだ生きていることに安堵したのも束の間、
「……ああ……あ……うッ……」
突然、クゥールが胸ぐらを強く掴んで地面に
「ちょっ、大丈夫な――の…――――」
「あぁああああああああああああああああああああッッッ!!!!!」
鼓膜を貫かんばかりの絶叫を上げた途端、クゥールの魔剣が青黒い魔力の粒子に覆われた。
「…………っ!?」
額から流れる大量の汗と一向に治まる気配のない乱れた呼吸、そしてその真っ青な顔が、ただことではないと告げている。
「アッ、アンタ、大丈夫なの……ッ!?」
「――来るなァッ!!!」
「…………っ!!」
慌てて駆け寄ろうとしたアイラの足が止まった。
「来るん…じゃねぇーよ……」
「で、でも……っ、それじゃアンタが……!」
「あいつに…勝つには……これしねぇーんだ……」
その途切れ途切れの言葉の中に、アイラは引っかかりを覚えた。
――“これしか”……ない……?
「ど……どういうこと――」
アイラが言い終えるよりも先に、そのときは訪れた――
「――――…ああッ……あぁぁぁああああああああああああああああッッッ!!!!!」
黒き剣から
その光景に圧倒されていたアイラは我に返ると、慌てて身構えた。
「なんなのよ……なんだっていうのよ……ッ!!」
――うる……せぇーな……
「ハァッ……ハァッ……」
額から流れる汗が血と混ざり、視界一面が瞬く間に赤一色に染まる。
「ほぉー、この膨大な魔力……たまらないなッ!」
「…………うッ!」
クゥールはふらつきながら立ち上がると、血に染まった瞳でガラードを見た。
「第二ラウンドと……行こうぜ…――――なァアアアアアッ!!!」
目を見開いた瞬間、クゥールは地面を蹴り、一直線に駆ける。
「面白れぇー!! どこからでもかかってきやがれッ!」
「あああああああああああああああッ!!!」
二人の剣と拳がぶつかり合うたびに、周りの木々が悲鳴を上げ、地面が次々と裂けていく。
――なんて衝撃なのッ!! ただぶつかってるだけなのに……っ!
立っていられず、アイラがその場にしゃがみ込む。
「フハハハッ!! こんなにワクワクしたのは久しぶりだッ!」
「ッ――ォオオオオオオオオオオッッッ!!」
――すごい……ほんとにすごいけど……アイツ、普通じゃない……っ。
クゥールの様子が一変してからというもの、剣と拳のぶつかり合いはさらに激しさを増していた。
「ハァッ……! ハァッ……!」
――でも、アイツ、急にどうして…………あ。
『一分……いや、二分が限界だ』
――…もしかして……一分が過ぎたから……? そうなの……ッ!?
急な変化の原因は、コタツから離れたことによる魔力の異常な上昇だった。
――もし……これ以上、あの状態が続いたら……ッ。
「くッ……!!」
「ホラホラッ、どしたーッ!!」
息が詰まる攻防戦が繰り広げられる中、ガラードは咄嗟に両腕を胸の前で構え、防御体勢を取る。
――急にどうして……まさか……ッ!
一見、クゥールの目にも止まらぬ速さの斬撃が押しているように見えたが、実際はその逆……ガラードが、確実にクゥールを追い詰めている。
――あのゴリラ、気づいたんだ……っ!!
下手に魔力を消費せず、守りに徹していれば、必ずタイムリミットがくると……。
「フッ。さっきから攻撃が単調になってるぞ?w」
「…………ッ」
――…アイツが言ってた通り、最初は脳筋だとばかり思っていたけど……。
闘いのセンス、そしてなにより、一対一においての対応力がずば抜けている。
「英雄っていう名に恥じない、いい太刀筋だ。だけどよ……そろそろガタがきてるんじゃねぇーか?」
その言葉の通り、クゥールの動きが急に鈍くなった。俊敏に動いていた足が止まり、剣を持つ手が腰の高さまで下がっている。
「どうやら、タイムリミットのようだな」
「クソッ……ハァッ……ハァッ……」
額に大粒の汗を浮かべ、肩を大きく揺らすクゥールは、まさに立っているのがやっとの状態だった。
「クゥール・セアス、正直お前にはガッカリだ。俺が求めていた強さを……力を、お前はどういうワケか出せないでいる」
「…………ッ」
「オレは、お前と闘えることを心の底から楽しみにしていたんだ。それなのに……」
突然、ガラードの体が震え出し、周りに黒いプラズマが発生した。
――っ、この胸のザワザワは…なに……!?
「フザけるな……」
――なにかくる…――
「フザけるなァァアアアアアアアアアアアアッッッ!!!!!」
「…………っ!!?」
大地を震えさせる声を上げたガラードは、両腕を腰付近に置くと、目一杯に息を吸った。
「――楽しい時間はここまでだ」
――なにをしようと…――
「ウォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオーーーッッッ!!!!!」
雄叫びを上げるガラードを中心に溢れ出す魔力の粒子が、徐々に小さな
――なんだ……?
――なによ、あれ……っ!?
変貌する両腕に絶句した二人の頭に『絶望』という二文字が浮かんだ。
「フフッ……フハハハハッ!!!!!」
そして、ガラードの両腕は――――人のモノではなくなった。
「待たせちまって悪かったな…………ボウズ」
額に浮き出た血管がドクッドクッと脈を打ち、充血した鋭い瞳がクゥールを睨む。
――なん…だと……ッ。
――ウソ…でしょ……ッ。
岩石で覆われた両腕は、その見た目のインパクトもさることながら、言葉を失うほどの強力な魔力を放っていた。
――魔具を使っているような素振りはなかった。じゃあ、どうして……
「まさか、魔力を実体化させたのか……?」
――え? 魔力を……実体化……?
「そ、そんなこと……できるわけが――」
「そうだ、よくわかったなッ」
――――…え。
「オレをガッカリさせた罰を受けてもらうぞ…――」
ミシミシと軋む音が鳴る握り拳を引き、狙いを一点に定める。
「…………ッ!!」
――ッ、ダメ……っ! アイツ、もう動けな…――
「フッ――これからが、本当の第二ラウンドだ――」
見た目とは裏腹に素早い動きで距離を詰めると、凄まじい速度で繰り出される鋭い突きが刃にめり込む。
「あばよッ――――ボウズ」
「ッ――――――」
その鈍い音に耳を塞ぐ間もなく、クゥールの体は一直線に吹き飛ばされ、再び木に激突した。
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