第45話 アイラの覚悟

「A、Bチーム、敵に押されているぞ! C、Dチーム、防衛ラインを崩すなッ!」


 城崎の怒号が指令室に響き渡る。


『――城崎先生』

「なんだッ!!」

『報告が二つあります。コタツ離脱後、一分が経過し、クゥールの魔力値が危険域に到達』

「ッ……そうか。……もう一つはなんだ?」

『……ガラード・ロックの魔力値が大幅に上昇……。クゥールが…………倒されました』

「――――ッ!!? なんだとッ!? …………あ」


 城崎の声に反応したオペレーターたちが一斉に振り返る。


「っ……な、なんでもない、こっちの話だッ!」


 オペレーターたちは顔を前に戻すと、各々の役目を果たすべく、キーボードを打ち込む。


「はぁ……」


 一瞬、非常事態だということを忘れて、クゥールを助けに行こうとした。


 今ここを離れれば、たちまち現場で混乱が起きるのはわかり切っているというのに……。


 ――私情を挟んではいけないが……ッ。……クゥール……っ!






「…………っ」


 木の幹にぐったりともたれかかった彼の姿に、アイラは言葉を失う。


 脇にある黒き剣の刃に入ったヒビは全身にまで広がり、指で弾けば簡単に砕けてしまいそうだ。


 ――なんとか……しなきゃ……


 呆然とその様子を見つめていると、ふと右手に握られたままの剣に目が止まった。


「フッ。いつになったら本気を出してくれるんだぁ~? …………ん?」

「ッ……あッ……ああ…………な、なにしてるんだよ……お前…………」

「――師匠をフォローするのも、弟子の務めでしょ?」


 クゥールを守るように立ち塞がると、アイラは震える手で剣を構えた。


「さあ、どこからでもかかってきなさい……っ!」


 ――剣が壊れることとか、魔力切れのこととか、そんなことを考えている場合じゃない……!! 今のアタシにできるのは……


「ッ……アンタは早く逃げて! アタシの力じゃ、どう足搔いたってコイツには勝てないんだから……っ!!」

「お……前……」

「アンタの力はこの先も必要なのッ!! だから!」


 命を捨てる覚悟で剣を構えるアイラに、ガラードは笑った。


「その行動は称賛に値するが、賢明な判断とは言えねぇーな」

「う……うっさいわねぇ……っ!」


 震えを止められず、怯えている姿を敵に晒すとは情けない話だが、それでも構わない。


 ――時間さえ稼げれば……。


 するとガラードは、奥の方で苦悶の表情を浮かべているクゥールを見て「はぁ……」とため息を吐く。


「嬢ちゃん、そこを退いてくれねぇーか?」

「退くわけないでしょ!!」

「ほぉー。なら、しょうがねぇ――」


 瞬きした瞬間には、目の前に巨大な拳があった。


「あ――」


 気づいたときには、背中に硬いなにかがぶつかる感触があった。




「――ガハァッ……!!!」




 木の幹に体が衝突し、肺の中の空気が一気に吐き出される。


 ――くッ……見え…なかったなんて……


 どうやら拳圧“だけ”で吹き飛ばされてしまったようだが、果たしてそれだけでここまでのダメージを負うものなのか。


 そんなことを考える暇もなく、アイラの体は地面に叩きつけられた。


 ――あぁッ!! どうしよ……体が…動かない……


 こうしている間も、クゥールの中で魔力が膨れ上がり続けている。


 ――せめて、アンタだけでも……


 もう一度、立ち上がろうとするが、腕に力が入らない。


「……う……ぐッ……」


 ――泣いちゃダメだ……まだ、なにもしていないのに……


 ガラードが履いているブーツの音が大きくなるたびに、心臓の鼓動が痛いくらいに加速する。




「フッ。悪いな、嬢ちゃん」




 ――もぉ……ダメ……っ!!


 アイラが目を閉じた、次の瞬間、ガラードの目の前に玉が転がり、白い煙が勢いよく噴き出た。


「――!! なんだッ!?」


 濃い霧のような白い煙が辺り一帯を覆い尽くす。


 ――なに……? なにが……




「――敵がまだ目の前にいるというのに、諦めるとは」


「え」




 ありったけの力で顔を上げると、“くノ一”の装束しょうぞくを身に纏った謎の女性が、冷たい目でアイラを見下ろしていた。


「…………ええぇっ」


 だが、アイラの目に最初に飛び込んできたのは、その特殊な格好でもなく、風に舞う長い黒髪でもなく、キリッとした瞳でもなく……




 ――っ……ば……爆乳お姉さん……っ!!!???

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