第35話 英雄の過去
「あれは、今から半年前のことだった」
欧州のとある国の港町近くの海域で、数日間に渡って漁船が次々と消息を絶つ事件が多発していた。
最初は、その海域が昔から船が座礁することで知られていたこともあり、その線で調査が進められていたのだが、唯一の生存者である漁師の話で状況が変わった。
「その漁師が言うには、鋭い牙を持った魔獣に船を“食い千切られた”らしい」
――食い千切られた……?
「魔獣の可能性が出たことで、オーダー本部は早速、欧州にあるイギリス校及び、日本校に調査を依頼した」
「え? ちょっと待ってください。どうして向こうで起こった事件をこの学園が調べるんですか?」
「実はな、最初の事件が発生する少し前に、こっちでも似たような事件が起きていたんだ。
「え」
「それも、僅か三日前にな」
「三日前……」
偶然と言うには期間が短すぎる。
「……で、でも、どうして学園が……」
「各学園の優秀な候補生には、授業の一環として魔獣に関する調査を任されることがあるんだ」
「授業の一環って……。そんな危険なことを学生にやらせるなんて……」
「魔獣が出現したという確証が得られない限り、本部は動かん」
「そんな……」
魔獣の脅威から人々を守るためなら、候補生であっても関係ない。魔具を持つ者は皆、常に死と隣り合わせの場所で戦うのだから。
「………………」
本部の方針である以上、飲み込むしかない。
――全然、釈然としないけど……。
「話を続けるぞ」
「は、はい……」
何らかの関連性があるかもしれないと判断した本部の依頼により、クゥールを含めた数名の候補生で組まれた日本チームは、イギリス校のチームと合同で目撃情報があったポイントへと向かった。
「そして、起きてしまったんだ。……最悪の悲劇が」
「――――ッ」
城崎は、隣で必死に震えを押さえているカリアの背中を優しく擦った。
――カリア、先生……。
初めて見るその姿に胸が痛む。
「……さ、最悪の悲劇って……」
「二度目のサウザンド・ブルーだ」
――サウザンド・ブルー……。初めて英雄が確認された戦い……。
「確か、アイツが魔獣の大群をたった一人で全滅させたんですよね」
「そうだ。だが、その話にはまだ続きがある」
「え?」
調査開始から数時間後、クゥールと行動を共にしていたイギリス校の候補生の報告を受け、本部のナイトたちが大急ぎで駆けつけると、
『――――――――――――』
そこには魔獣の姿はなく、ただ一人、地面に膝をついて空を見上げている少年がいたという。
「それが……アイツ、だったんですか?」
「ああぁ……」
事件後。千を超える魔獣の大群を全滅させた功績が評価され、クゥールの名は瞬く間に世界に広がり、いつしか“英雄の再来”と呼ばれるまでになった。……だが。
「それから程なくして起きた魔獣の襲撃に対応していたクゥールの身に、異常が起きた」
「異常……?」
「体内の魔力が、急激に膨れ上がり始めたんだ」
それによって離脱を余儀なくされたクゥールは、その足で人里離れた山奥に向かうと、今にも溢れそうな魔力を魔剣に吸収させ、その力を開放した。
しかし、それは一時しのぎにしかならなかった。落ち着く間もなく、魔力が再び急激に膨れ上がり始めたため、また同じことを繰り返した。
「結局、増えれば開放し、増えれば開放するという状態が、一週間も続いた」
「一週間……」
そのことを知った本部は、至急、専門家チームを結成したが、これといった成果はなにも挙げられなかった。だが、ある一人の専門家が、応急措置としてあるものを開発した。
「それが、あのコタツだ。クゥールにとって、あのコタツは――――“命を繋げる唯一の生命線”と言っていい」
「命を繋げる、って……」
「あのコタツに組み込まれている『魔力吸収装置』という、中に入っている者の魔力を吸収し続けるシステムのおかげで、あいつはなんとか生き永らえている」
「……じゃ、じゃあ、アイツがあそこから出てこようとしないのは……」
「コタツから離れている時間が長ければ長いほど、危険度が大幅に増すからだろう」
――そう…だったんだ……だから、アイツ……。
クゥールのやるせない横顔を思い出し、胸が締めつけられる。
「あいつがコタツから出ていられるのは、一分……いや、二分が限界だ」
「たったの二分……」
あまりにも短すぎる。
――それだけじゃトイレに行くのがやっとじゃない……。いや、それも怪しいか……。
「……ここだけの話だが、あいつは本部で隔離されるはずだったんだ」
「え。本部で? ……でも、アイツ、ここにいますよ? それなのにどうして……」
「そう思うだろ? 私たちも同じことを思っていたんだが、どんな衝撃にも耐えられる部屋と、専門家チームを常駐させることを条件に、クゥールはここに残ることができた」
「じゃあ本部が方針を変えたってことですか?」
「さぁーな。本部がなにを考えているのかは、私たちにはわからん。だが、あいつとあーやって話ができる。私たちには、それだけで十分なんだ」
「うん、そうだね……っ」
城崎が肩に手を置くと、真っ青だったカリアの顔に少しずつ赤みが戻ってきた。
「今は、戦いによって負傷した体を治すため、という理由で休学扱いになっている。もちろん、本当の理由を知る者は、この学園の中でも限られた者だけだがな」
――そうだったんだ……。
「さあ、話せることは全て話したぞ」
――サウザンド・ブルー……英雄の再来……膨れ上がる魔力…………コタツ。
実際に口に出して言ってみると、その非現実的なワードの数々に圧倒される自分がいた。
「……アイツの体は、もう治らないんですか?」
「原因がわからない以上、治すのはほぼ不可能だそうだ」
専門家チームが日々、研究と分析を続けてはいるが……。
「そんな状態なのに……どうして、アタシの指導を引き受けてくれたんだろう」
ふと頭に浮かんだ疑問を口に出すと、
「そんなの、お前に期待しているからに決まっているだろ」
「え、アタシに……?」
――あの男が……?
アイラが、信じられないとばかりに目を見開くと、城崎は遠くを見るような目で言った。
「あいつは言っていた、お前は知識も経験もないが、見込みはあると。お前の根気と諦めの悪さは必ず武器になる……とな」
「…………っ!!」
――お前にそこまで言わせるだけのモノが、ハーヴァンにはあるというのか?
――初日に挫折して、外を泣きながら走り続けるやつなんだぜ? こんな面白れぇーやつ、そぉーはいねぇーよ。
「アイツが、そんなことを……って、なんで泣きながら走っていたところを見てんのよ……っ!!
――あれ、ちょっと待って……。
初日ということは、アイラがクゥールを紹介するよりずっと前ということになる。
――じゃあ向こうは、最初からアタシを知ってたってこと……?
「口では『バカ』だ『マヌケ』だ『あんぽんたん』だの言っているがな」
「……あの、そこまでは言ってないと思うんですけど……」
「冗談だ。……っと、言いたいところだが、私は一つも嘘は言っていないぞ?」
「へっ?」
――…ア、アイツ……っ!!!
「これは、あくまで私の推測だが…………あいつは、お前に守ってほしいんだ」
「……なにをですか?」
「魔獣の脅威から、世界を。……自分の代わりにな」
「――――――――――――」
その言葉を聞いた瞬間、肩に……なにかが重くのしかかった気がした。
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