第36話 期待の意味
『アイツに話したんだな』
アイラが去った後の保健室で、二人は申し訳なさそうな顔をスクリーンに向ける。
「ああぁ……」
「クゥーくん……ごめんね」
すると、スクリーンの中のクゥールが二人と同じ顔で首を横に振った。
『いや、二人のせいじゃない。今まで話してなかった俺が悪いんだ。……今のあいつには、ちょっと荷が重すぎたかな……』
「お前の“代わり”をやれと言っているのだからな」
『ははっ、そりゃそうだ。あ、ところで、俺たちの関係については話したのか?』
………………。
「「そういえば」」
『……言ってないんだな』
「あ、ああ……」
『……まあ、いつか話すときがくるだろ』
「そうだね。アイラちゃん、きっとビックリするよ! ワタシたちが――――」
次の日の朝。
「んん……」
目尻を指で擦りながら体を起こすと、相変わらずの鳥の巣のようなボサボサの髪をかく。
「…………痛っ」
寝違えたことで凝り固まった肩を優しく揉んでいると、ふと自分の格好に視線を下ろした。
――…あ。
裾が丸まったスカートが目に入ると、自然と口からため息がこぼれた。
――あーあ……やっちゃった……。
着たまま寝ていたことが一目でわかるほどのしわくちゃ加減だった。
「い、今からアイロンで…………あ」
室内の壁にあるデジタル時計を見るなり、ポカーンと口を開けた。
八時二十五分。
朝のホームルームが始まる五分前。
「…――――ヤバっ」
……。
…………。
………………。
「ハァッ……ハァッ……」
教室のスライド式の自動ドアをこじ開けるようにして中に入ると、脇腹を押さえて息を吐く。
――セ、セーフ……!!
肩を上下に揺らしながら、アイラは空いている手で腹を撫でた。
――はぁ……。お腹空いた……。
身だしなみを整える時間がなく、カバンだけを持って急いで寮を出たため、朝食を食べる時間がなかったのだ。
授業中に鳴らないことを祈るしかない。
「アイラさん、おはよー」
腹を撫で続けるアイラに朝の挨拶をしたのは、
アイラにとって、この学園に来て初めてできた友達だ。
トイレ清掃の際に彼女が謝罪し、この教室で再会して以来、日を追うごとに仲良くなっていった。最近はよく一緒に昼食を取っている。
ちなみに、あだ名は風鈴が『ふうりん』と読むことから『フーちゃん』と呼んでいる。
「お、おはよ……フーちゃん……ハァッ……ハァッ……」
「大丈夫? すごい汗だよ? 髪もすごいハネてる……」
「え? それは……えーっと……」
ボサボサの髪を手で必死に押さえながら、的確な言葉を探す。
「っ……ト、トレーニングも兼ねて走ってきたのっ! あはっ、あはははっ!」
――今日の朝練、もうこれでいいや……。
「さすがアイラさん! 私も見習わなくちゃ……っ」
キラキラ輝く目が眩しい。特に朝は……。
「が、頑張って…………はぁ」
――こんなんじゃ……一流のナイトには…………
「? どうしたの?」
「い、いや、なんでもない……」
――どんな顔して会えばいいんだろ……。
頭の中に浮かんだ少年が、じっとアイラを見つめていた。
そして時間が過ぎ、あっという間に放課後を迎えた。
「はぁ……ほんと、今日は散々だったな……」
――実技の授業でゴーレムは壊しちゃうし、昼食のパスタのソースがシャツに飛んじゃうし……。
挙げ句の果てには授業の内容を一ミリも覚えていないという……。
そんな、なに一つうまくいかなかった日だとしても、
「あそこに行かなきゃいけないなんて……」
アイラはクゥールの部屋へと続く廊下を進んでいたが、その足は重かった。ただ重いのではなく、鉛のように重たかった。
――気づかれないようにしなきゃ……。
部屋の扉の前で止まると、口を開けて閉じるを数回繰り返し、普段の顔を作る。
――よしっ、これでバッチリ……のはず。
手鏡代わりの端末をスカートのポケットにしまうと、「……ふぅ」と息を吐く。
「…………よしっ」
いつもの手順で扉を開けて中に入ると、
「――よぉ」
ぼーっとした顔のクゥールが迎えた。
「う、うん……」
「どしたー? いつもよりおとなしいじゃんか」
「い、いいじゃないっ、別に……気分よ、気分!」
と言ってアイラは目線を逸らしつつ、定位置に座った。
――入りは……一応、これでオーケーだと思うけど……。
「………………」
「………………」
――き、気まず……っ。
次の一言を待つアイラだったが、いくら待ってもクゥールの口から言葉が発せられることはなかった。
まるで、アイラの今の心情を見抜いているかのような静けさ。
ハッキリ言って、この部屋にそれは似合わない。
――しょうがない、こうなったら……。
「……ア、アタシさ、ちょっとは強くなったと思わない?」
「急にどうした?」
「き、聞いてみただけよ! ……アンタ的には、どうなの? 今の…アタシは……」
――アタシらしくないことを言っているのはわかってる。
けれど、聞かないわけにはいかない。
「どーもこーも、ここに来たばっかで急に強くなるわけないだろ?」
「うぐッ……」
――よ、容赦ないわね……。
すると、しょぼんと肩を落とすアイラを
「まぁ、初めて会ったときよりは、基礎体力は付いたんじゃないか?」
「……っ!! そ、そうよねっ! 実はアタシも、最近そう思ってたのよ!」
「魔力の方はさっぱりだけどな」
「うぐぐッ……」
――上げたと思ったらすぐに下げて……この男……ッ。
「っ……でも、これなら…――――――アンタの代わりになるのも時間の問題ね」
「……ん? なんの話だ?」
「とぼけても無駄よ? 城崎先生から聞いたんだから!」
アイラはクゥールを指さすと、決め顔で告げた。
「なんだかんだ言いながら、アンタ……実はアタシに期待してたんでしょ?」
「…………は?」
アイラの言葉を聞いた瞬間、見逃しそうな勢いで瞬きを二回した。
――この反応…………フッ。図星ね……っ。
「巷で英雄って呼ばれてるアンタが期待してるってことは、アタシにそれだけの才能? があるってことでしょ?」
「………………」
「まっ、アンタの期待を裏切らないためにもアタシ頑張るからっ! だからアンタは、大船に乗ったつもりで――」
――――はぁ。
聞こえてきたのは、冷めたさを感じさせるため息だった。
「な、なによ……」
「……俺が、いつ、どこで、お前に期待してるって言った?」
その静かな声と逸れることのない瞳に、緊張感が走る。
アイラの体は金縛りにあったかのように動かなくなり、意識して呼吸をしなれば息が詰まりそうになる。
「ッ……だ、だから、それは……先生が……」
「俺は、調子に乗ったお前に期待したことなんて、一度たりともない」
「……っ!! ア、アタシはただ……アンタのためを思って……」
「俺のため?
「…………っ」
一言一句、詰まることなく言葉を並べられ、なにも言い返すことができないアイラは顔を俯かせてしまった。
――なによ、その顔……。
「ッ……アンタが、勝手に責任を押しつけたからじゃない……ッ!!」
「責任を押しつけた、か。……そんな意識じゃ、お前は一生、俺の代わりにすらなれないぞ」
「…――――ッ」
アイラは座椅子から乱暴に立ち上がるなり、扉に向かって走り出した。
「――わわぁ……っ!!」
「っ……ごめんね……」
扉が開いた先に立っていたルナが目を見開くと、入れ替わるようにしてアイラが廊下に飛び出した。
「え……えぇ……?」
その後ろ姿を呆然と見送るしかなかったルナは室内に入ると、扉とクゥールを交互に見て尋ねた。
「なにがあったの?」
「…………はぁ」
クゥールのバツの悪そうな顔が、事の深刻さを物語っていた。
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