第52話 寝惚け眼で見た惨状

 一週間後。


「ふわぁ~……眠い……っ」


 目尻を擦りながらトボトボ廊下を進むアイラに、隣を歩くルナが微笑む。


「アイラさん、ぐっすり眠ってたからね」

「うん……ふわぁぁぁ~……」


 口からはこぼれる欠伸あくびが止まらず、二度、三度繰り返していると、


「やれやれ。お前といい、アイツといい、こっちは心臓がいくつあっても足りんぞ」


 と言って腕を組む城崎にアイラは頭を下げる。


「ご、ごめんなさい……」

「非常事態だったとはいえ、なにかあってからでは遅いんだぞ?」

「はい……」


 城崎や周りの人たちに心配をかけてしまったことを深く反省する。


 その証拠として、寝起き早々にA4のレポート用紙に反省文を書かされた。それも四枚……。


「はぁ……」


 あの後。クゥールとアイラは、救援にきた城崎たちによって保健室へと運ばれた。


 アイラは魔力切れの影響で意識が戻らず、さらにヒビが入った肋骨を中心にダメージが蓄積されていたが、命に別状はなかった。


 ――完治まで二、三か月もかかるなんて……。


 痛みのピークは一週間と聞いてゾッとしたアイラだったが、意識が戻った日がちょうど七日目だったため、安堵の表情で寝直したのだった。


 それから僅か一分後に叩き起こされるとはつゆ知らず……。


 だがその一方で、クゥールは深刻なダメージを受けていたことから、カリアが夜通し治療を行ったらしい。


 聞いた話だと、コタツに入れたままの治療にかなり手こずったとか。


 ちなみにカリアはというと、その日は家に帰る気力もなく、保険室のイスに座ったまま爆睡していたとのことだ。


 ――今度、美味しいチョコでも持って行こ……っ。


「……ところで、そろそろどこに行くのかを教えて頂けると……」

「行けばわかる」

「あ、はい……」


 行けばわかる場所と言って頭に浮かぶ場所は、二つ。


 ――アイツの部屋か、あのラボか。さて、どっちかなー…………それにしても。


 道中で目に入ったのは、魔獣によってなぎ倒された木々やデコボコの地面、そして、綺麗に植えられた花や立派な木があった場所が瓦礫と化している光景だった。


 伊藤の落ち込んだ顔が目に浮かび、居た堪れない気持ちになるアイラ。


 オーダーの全ての関連施設は、あらゆる魔獣に対抗できる防衛システムを有している。それはもちろん、敷地内への侵入者及び襲撃者に対しても有効だ。


 だが、そのシステムは必ずしも“絶対”ではない。特に今回に関しては……


「あの後、魔獣はどうなったんですか?」

「お前たちの戦闘が終わった後、忽然と姿を消した」

「え、消えたんですか?」

「あぁ……」


 四体の内、二体を撃退することはできたが、体育館にいた四足歩行型<タイガー>と第二アリーナにいた飛行型<ワイバーン>のそれぞれ一体ずつは突然、その姿を消してしまった。


「………………」

「? 先生?」

「……今回の襲撃で、出してはならない被害を出してしまった……」


 どこかやるせない顔の城崎に、アイラは不安を覚える。


「その…被害って……」

「――…五人が重軽傷を負い…………一人が死亡した」

「…………え」


 城崎の口から発せられた『死亡』という言葉に、アイラは足を止めた。


「それも、お前がよく知っている奴だ」

「ア、アタシが……?」


 そのとき脳裏に過ったのは、クラスメイトたちだった。


 ――誰かが……そんな……。


「……誰、なんですか?」


 城崎の端末が宙に映し出したスクリーンを見ると……


「――――ッ!?」


 死亡者と書かれた欄の下にあった写真の人物は…――――あの『坊ちゃま』だった。


「ウソでしょ……」

「最初は、行方不明ということで捜索が行われたが、魔獣に“喰われる”ところを目撃したという生徒が出てきたことで、死亡と断定された」

「喰われた……?」

「一説によると、魔獣が人間を襲うのは、人間の中にある魔力を栄養分として取り入れるためだと考えられている」

「信じたくない説ですね……。でも、アイツが……」


 ――そういえば、お付きのメイドたちがいなくなってたんだっけ……。


 メイド四人衆におんぶに抱っこなら、その可能性も十分に考えられる。


「唯一の後継ぎを失ったことで、家は大騒ぎになっていると聞いたが、細かいことまではわからん」


 ピーピーッ。ピーピーッ。


「城崎だ。……わかった、すぐに行く」


 ――ピッ。


「どうしたんですか? もしかして、なにか問題が……!?」

「いや、ただの会議の連絡だ。今からあることをすっかり忘れていた」


 と言い残し、城崎は来た道を戻って行った。


 ……。

 …………。

 ………………。


 城崎の後ろ姿を見送ってから、ルナとアイラは道なりを進む。


「先生、落ち込んでたね……」

「うん……」


 襲撃の際、全体の指揮を執っていたのだから、その責任感は計り知れないだろう。


 ――でも、どうして先生が司令官みたいなことをしているんだろ……。


「ねぇ、ルナちゃ……はぁ。そろそろ起きたらどうなの?」


 アイラがため息をこぼしつつ話しかけたのは、


『すぅー……すぅー……』


 ルナの胸元のスクリーンの中で寝息を立てている人物。


 英雄であり師匠? であるクゥール・セアスは、気持ちよさそうな顔で眠っていた。


「まったく……」

「あははは……。きっと、久しぶりに体を動かしたから疲れたんだよ」

「疲れたって言っても……」


 ――もうあれから“一週間”も経ってるんだけど……。


「……まさかあの伝説の英雄が使ったって言われている剣の“レプリカ”を、こんなヤツが持っていたなんてね」


 スクリーンの中の“こんなヤツ”は、時折、寝返りを繰り返しながら眠り続けている。


 城崎曰く、半年前ならばあのガラードを一瞬で倒せたらしいが、半年間のブランクもあってか苦戦を強いられたとのことだ。


 ――それでも、あんなバケモノとやり合えるんだから……英雄、恐るべし……。


 そんなことを思いながら目的地であるハテナラボの中に入ると、


「えっ……!?」

「あぁ……」


 ――ウ、ウソでしょ……。


 室内の真ん中で……ハテナが仰向けになって倒れていた。


「………………」


 ――し、死んでる……っ!?


「すぅー……すぅー……」


 ――なわけないわよね……。


「んん……ん……あ。おやすみ……」

「いやいや、そこは『おはよう』でしょ!!」

「……その声、あとで録音させて……目覚ましにちょうどいい……かも……」

「イヤよっ!!」

「むぅ~……すぅー……すぅー……」


 ――また寝た……っ!?


 相変わらず、掴みどころのない子だ。


 アイラは「はぁ……」とため息をこぼすと、ハテナの脇の下を持ち、ゆっくりと体を起こす。


「おぉ~い、起きなさーい」

「んん……っ、すぅー……」


 軽く揺さぶるも、一向に目覚める気配はない。


「っ……起きなさぁあああああいっ!!!」

「あははは……」


 アイラの大声では決して起きなかったが、なぜかルナの乾いた笑い声で目が覚めるハテナであった。

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