第50話 英雄を見つめる瞳

 つい先ほどまで行われていた激しい戦闘がウソだったかのように、穏やかな波の音がスッと耳に入ってくる。


「終わったみたいね……」

「あぁ……なんとかな……」


 ガラードが吹き飛ばされた水平線上をじっと見つめながら、ボロボロの二人が息を吐く。


 息が詰まる状況が続いていただけに、言葉にできない感情が込み上げてくる。


「……アンタ、体はなんともないの? もうとっくに一分過ぎてるでしょ?」


 と尋ねると、アイラに肩を借りたクゥールが呟く。


「なんともないってことはねぇーよ……そろそろ戻らねぇーと……」


 最後の一撃によって枯渇した分の魔力を上昇中の魔力が埋めているため、少しの間は大丈夫のようだ。


 すると、徐々にアイラの肩に乗る力が強くなってきた。


「重っ……だったら、早く…――」

「よく生き残ったな、俺たち……」

「え? ……そうね。正直、今生きているのが不思議なくらいよ……っ」


 ガラードの強さは、アイラの予想を遥かに超えていた。


「っ……アタシが……もっと強かったら……」


 ――アンタを……あんな目に遭わずに済んだかもしれないのに……。


「……勘違いすんじゃねぇよ……。お前一人が強くなったところで、なにも状況は変わらない」

「え」

「現に、英雄なんて称号を持ったやつがこの有様なんだからな」


 と言って笑ったクゥールの横顔が、どこか眩しく感じられた。


「……なんだか、ムカつくわね。悔しいくらい」

「ムカつく? 何にだ?」

「教えてあーげないっ」

「なんだよ、それ……。ふっ」

「ふふっ」


 ………………………………………………。


 ――あ、あれ? もしかして、今……いい雰囲気、的な……?


 急に訪れた胸の鼓動が落ち着く間もなく、アイラは話が途切れないように口を開けた。


「……ね、ねぇ、どうして剣もなしに、アイツを……」

「ん? ああぁー……それは、こいつのおかげだ」


 握られたままの左手を開くと、そこには刃がほとんど残っていない黒色のナイフがあった。


「……っ!! それって……」

「あのときは運がよかった……。ちょうど目の前に、これが落ちてたんだからな……」


 アイラを守り砕け散ったナイフが、今度は二人の命を救ったのだ。


「……でも、確か、アイツのパンチを受けて壊れたはず……どうして魔力が……」

「もう忘れたのか? コアが無事なら魔力を開放できるってことを」

「あ。……ゴホンっ。えっと……い、いつ、ナイフを拾ったのよ?」


 相変わらず、誤魔化し方は下手なようだが、今回はいいだろう。


「お前があいつにキレてやり合っていたときに、こっそりな」


 ――アタシがキレたときって……。


「じゃあ……あのとき、ほんとは起きて――」

「お前がいなかったら勝てなかった。さすが、俺の弟子だ!」

「…………っ!!」


 珍しく褒められたことに、無意識に頬が緩む。


「クゥール……」

「おっ。まさかお前の口から俺の名前が聞けるなんてな」

「え? ……あ」


 口に手を当てながら目を丸くすると、クゥールが「ふっ」と笑った。


 ――なによ、もぉ……っ。


「じゃ、後のことは任せた……」

「へっ?」


 クゥールは離れると、木や草が吹き飛ばされ、ポツンと残されたコタツに向かう。


 そのシュールな光景に思わず見惚れていると、ノロノロした足取りで中に入ったクゥールが寝息を立てて眠り始めた。


「ちょっ……あ…――――」


 ――こっちも…限……界…………


 体がガクッと傾き、アイラはその場に倒れた――。






『――ガラード・ロックが倒されました』


 光を飲み込む闇の中、その声に気づく者はいない。


『――はい。回収後、速やかに帰還します』


 会話を終わると、学園のある方角から二体の魔獣が目の前に降り立つ。


 二体は共鳴し合うように雄叫びを上げ、仰向けで倒れているアイラを見下ろすと、巨大な口を開けた。


『………………』


 獰猛な牙が獲物を捉え、襲い掛かろうとした瞬間、




 ――――――――――――――――――――――――――――――。




 光の斬撃が魔獣たちの首を切り裂いた。


 地面に転がる頭部が粒子となり消えると、残った胴体も同じように跡形も残さず散った。


『――どうやら、あの方の躾が足りていないようだ』


 声の主は横目でコタツを見つめ、英雄の名を呟く。




『――…クゥ―ル…セアス……』

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