第49話 勝利への一撃
耳を塞ぎたくなるほどの轟音が消えると、唐突に静寂が訪れた。
「………………」
アイラは、今まで決して口に出すことがなかった彼の名前を初めて呼んだ。だが、反射的に発せられたその声に対する返事はなかった。
なぜなら、彼の体はピクリとも動かず、微かな呼吸の音だけが聞こえてくるのだから。
「おぉーおぉー、全然動かねぇーなー。生きてるのかー?」
「ッ――このッ……!!」
アイラが紅黒い魔力を放つ魔剣を振り上げると、ガラードは素早い動きで振り返り、右腕で迎え撃つ。
「ハァァァアアアアアアアアアアアアアアアーーーッ!!!」
振り下ろされた剣とそれを迎え撃つ拳が激突したことで発生したプラズマが、縦横無尽に暴れ狂う。
「うッ……ぐッ……ッ!!」
前までなら決して出せなかった大量の魔力の粒子が剣を通して溢れ出るが、刃からミシミシッと亀裂の入る音を耳にした。しかし、そんなことを気にする余裕はない。
――お願い……持って……っ!
「ハァッ……ハァッ……ハァ…ァァアアアアアアアアアアアアアアアーーーッ!!!!!」
額に大粒の汗を浮かべるアイラに対して、ガラードは余裕の笑みを浮かべた。
「いいパワーだが、それじゃ軽すぎるぜッ!!」
「ッ……このォォオオオオオオオオオオッッッ!!!!!」
最後の力を振り絞って押し込もうとするが――
「――フッ」
魔剣が…――――ガラスのように木端微塵に砕けた。
「――ッ!!? キャアアアアアアアアアアーーーッ!!!!!」
衝撃波によって吹き飛ばされたアイラの体はクゥールの真上を通過し、木の幹に叩きつけられると、反発した勢いで顔から地面に落ちた。
「あがッ……!!!」
その衝撃で脳が揺れ、視界がぐるぐると回る。
「――今のは意外と効いたぜ、嬢ちゃん」
――ッ!!? ウソ…でしょ…………
霞む視界の真ん中で、なにもなかったと言わんばかりにガラードが平然とした顔で立っていた。
「終わっちまうのはもったいねぇーが、命のやり取りをしてるんだから言いっこなしだぜ?」
「…――――――ッ」
アイラは残り少ない力を振り絞り、起き上がろうとするが、
――痛い……痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い…――――ッッッ!!!!!
呼吸をするたびに肋骨に激痛が走り、顔をしかめる。
声に出さないように奥歯を噛み締めるが、その精神力がいつまで持つかわからない。
アドレナリンが出ているか、それとも感覚が麻痺しているのかはわからないが、実際の痛みがこの程度ではないことだけはわかる。
――どうしたら……痛いし……眠いし……でも……
今、気を失えば、助かる道が完全に途絶えてしまう。
「ぁ……ぁっ…………ぁ」
――ダメだっ……喉が枯れて声が……
「感謝するぞ。俺をここまで楽しませてくれてよ」
「…………ッ」
全く歯が立たないという屈辱と、死の淵へと続く絶望……。
このときアイラの頭に浮かんだのは、まだ内容が明かされていない“あの手紙”。
――あの手紙を読むまでは……絶対に死ねない……ッ!
それに……やり残したことが、まだまだたくさんあるのだから――。
――――…お願い…………立ってぇえええええ!!!
アイラは震える体にムチを打ち、体を起こすことはできたが、膝立ちがやっとの状態だった。
「ハァッ、ハァッ……ど…して……アイツ……を…………ッ」
「……フッ。この先、俺たちにとって厄介な存在になるかもしれねぇー奴を、放っておくわけにはいかねぇーからな」
――俺…“たち”……
「さあ、これで最後だ――」
「……ッ……なに…を……」
歩を進めるガラードが立ち止まると、地面に突っ伏すクゥールを見下ろす。
「嬢ちゃんは目を閉じていた方がいい。あまり……見せられたものじゃないからな……」
引いた握り拳から魔力の粒子が
――やっ……め……ッ…………
「あばよ、英雄のボウズ」
全てを砕く拳が振り下ろされた――
「…――――残念、だったな……」
だが、その拳がクゥールに直撃することはなかった。
刃が砕けた黒き剣が、鉄壁の盾の如く、受け止めたのだから。
「あんたの魔力は……もう…尽きかけている……」
傷だらけの顔を上げ、唯一開いている右目でガラードを見る。
「……なにッ?」
――――生き…てた……っ。
緊迫した状況にも関わらず、アイラはボロボロの顔で安堵の表情を浮かべた。
「あれだけのダメージを受けたっていうのに、なぜだ……?」
――確かに……。
ガラードの拳は、確実にクゥールを仕留めていたはずだ。
「どんなトリックを使ったんだ?」
「はあ……? トリック……? …………ふんっ」
クゥールは鼻で笑うと、お返しとばかりにニヤッと口角を上げた。
「トリックでもなんでもねぇーよ……。当たる直前に体勢をズラした……だけなんだからな……」
直撃の範囲を数ミリでもズラすことができれば、生存率は上がる。
――あの一瞬で……っ。
「なるほど、どうりで手応えがなかったわけだ」
反射神経という言葉だけでは片づけられない、まさに
「だがよ、深刻なダメージを受けたことには変わりはねぇ。そんな体で受け止められるわけが…――」
「さっきも言った通り、あんたの魔力が尽きようとしているおかげだ」
「なに?」
「あんなゴテゴテしたものを維持するために、あんたはほとんどの魔力を使っちまったんだからな」
「…………っ!!」
魔力の実体化。それは、大量の魔力を消費する代わりに“自分が想像した魔具”を作り出すこと。……と、クゥールは考えた。
方法は皆目見当が付かないが、戦闘開始直後と比べて魔力値が大幅にダウンしていることは間違いないだろう。
現に、左腕はパージされ、右腕は――――…ピキッ。
「ふっ。唯一残った右腕、ヒビが入りまくってボロボロだぜ?」
「なんだと?」
ガラードが目をやると、欠けた腕の一部が粒子となり霧散した。
初めてあの巨大な腕にヒビを入れることができたのだ。
「いつから……」
「アイツの一撃が、勝機を見出したんだ……っ」
「嬢ちゃんが……? そうか、あのときか」
粉々になったアイラの剣は正面からぶつかり合ったときに、確かに、岩石の腕に致命傷を与えたのだ。
――そぉ……だったんだ……っ。…………ありがとっ。
十二本目の剣に心の中でお礼を伝え、クゥールの話に集中する。
「あんたは不意打ちを突くために、左腕をパージしたみたいだが……。ほんとは、あのタイミングでパージしていなかったから、今頃、魔力切れを起こしていたんだろ?」
――そうか、だから……っ。
「…………フン」
――――…ッ!!?
ガラードの表情に変化は見られなかったが、目線を逸らしたときに見せた不愉快な顔に背筋がゾッとした。
「それで?」
「あの両腕に守られている限り、どこから攻撃してもまず勝ち目はない。だから俺は、あんたに賭けさせてもらったんだ」
アイラの一撃で腕にヒビが入ればクゥールの勝ち、入らなければ負けという、実にシンプルなギャンブル。
「リスクは承知の上なんでね」
饒舌に語るクゥールの話を一通り聞き終えると、ガラードが「ふぅ……」と息を吐く。
「つまり、俺はその賭けに負けたっていうのか」
「…………魔剣っていうのは、たとえ刃が欠けていたとしても、コアさえ壊れていなければ、魔力を開放することが可能なんだ」
「もちろん知ってるさ。だが、それがどうした?」
「つまり――――…こういうことだッ!!」
クゥールが剣を押し込むと、ガラードの右腕に入っていたキズから黒い光が勢いよく噴き出した。
「ッ――ァ……ガァッ…――――!!」
「はぁぁあああああああああああああああッッッ!!!!!」
岩石の腕が砕け散ったことで巨体がよろけた隙に、クゥールは左腕を引き、腹の真ん中に渾身の一撃叩き込んだ。
「―――…ッ―――ッ――――…ッ」
ガラードの口から奇声が上がり、そして――――水平線上に、天まで届きそうな水しぶきが上がった。
「ハァッ……ハァッ…………」
夕暮れ時の空を眺めながら、クゥールは乱れた呼吸のまま呟く。
「っ……腹…減ったな…………」
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