第六章 英雄の“過去”と“期待”

第32話 勝利の報酬

「………………」


 二週間ぶりの制服に身を包んだアイラは、一年一組の教室の扉の前で立ち尽くしていた。


 どんよりとしたオーラを漂わせながら……。


「はぁ……」


 ――どうしよ……。


 中に入ったら開口一番になにを言うか、一晩中考えてもいい言葉は思い浮かばなかったが、ついさっき食堂で朝食を食べているときに思いついたのが、『おはよ~』…………だった。


 ――もぉーこうなったら、これで乗り切るしかない……。とりあえず、一度だけ練習……。


「お……おは、おは…よ〜……」


 ………………。


 ――これは……ヤバい。今、『しーーーんっ』って音が聞こえたもん……。


 キーンコーンカーンコーン。


「…………っ」


 ――こ、こうなったら……。


 口の中の唾を飲み込み、前に一歩踏み出すと、スライド式の自動ドアが開いた。


「お、おは…よ〜…………」




『………………………………………………』




 一斉に向けられる視線に、アイラは一歩、二歩と後退あとずさる。


 ――やっぱり、こうなっちゃうか……。


 わかっていた、わかっていたんだ。どういう反応が待っているのかは……。


 アイラが顔を俯かせて自分の席に向かおうとしたとき、




「――アイラさんっ」




 名前を呼ぶ声と、差し伸べる手があった。


「……え、どうして……」


 顔を上げると、目の前にいたのはアリーナのトイレで謝ってきた女子生徒だった。


 ――もしかして、同じクラスだったの……?


 自分のことで精一杯で、周りのことを考える余裕なんてなかった。


 ――クラスメイトの顔と名前くらい、覚えておきなさいよね……っ。


 と、心の内で自分のことを叱っていると、


「え、ちょちょっ……!!?」


 アイラを中心にクラスメイトたちが一斉に詰めかけてきた。


 ――なになになに……っ!?


「ハーヴァンさん、あの試合見たよ!」

「凄かったよね! 私、びっくりしちゃった」  


 ――へっ?


 どうやら、アリーナの一件でアイラの名前が学園中に一気に広まったらしく、ちょっとした有名人なったとか。


 ――ていうか、みんな、今までと反応違すぎじゃない……っ!?


『なにあれw』

『アハハハッw』

『だから落ちこぼれなんだよw』


 ――こういう言い方したくないけど、言った人たちのことは覚えてるからね!?




 それからしばらくして知ったことなのだけど、どうやら発音のニュアンスが違っていたらしく、実際は、


『なに、あれ……』

『あははは……』


 だったらしい。


 ちなみに、『だから落ちこぼれなんだよw』は本当に言っていたようで、あとから本人が「あ、ごめん。それマジで言った」と謝ったが、そのことで女子全員から非難を浴び、袋叩きにされた。


 アイラはいい気味だと、その様子を離れたところから眺めていたのだった。






 その後。なにが起きたかというと……


 ――おいっ、あの子だぞ!

 ――へぇー、結構可愛いじゃん!


 休み時間が始まると、アイラを一目見ようと廊下に生徒たちが集まるようになった。その中でも、特に上級生(主に男子)が色めき立っていた。


 ――何人かは絶対アタシを性的な目で見てるでしょ……ああー、怖い……怖い……。


 前までのアイラなら『フンッ、これだから男子は』……っと、周りを一蹴していたところだが、今は…――――なぜかとても気分がよかった。


 ――みんなが、アタシの一挙手一投足いっきょしゅいっとうそくに注目してる……っ。


「………………」


 ――なんでアタシ、『一挙手一投足』なんて言葉、知ってるんだろ……?


 そんなことを思いながら机に頬杖をつくと、前の休み時間のときに聞いた話がフッと頭に浮かんだ。


 ――アイツ……本物の『坊ちゃま』だったんだ……。


 クラスメイトたちから聞いた話だと、坊ちゃまの家は日本有数の魔具販売の大手企業らしく、坊ちゃまはそこの一人息子で、次期後継ぎとのことだ。


 ――どうりで、あんな高圧的な態度が取れたわけだ。


 ちなみに、本人は気づいていないが、実は陰でかなり嫌われているらしい。その証拠に、クラスメイトたちが饒舌じょうぜつにその話を語っていたのだから。


 アイラが気絶した後、あの一撃に腰を抜かした坊ちゃまはお漏らしをしたようで、


『マ……ママぁああああああああああーーーっ!!!!!』


 と叫びながら走り去っていったらしい。


 ――どこの漫画よ……。


 さらに、主人の醜態を目の当たりにしたメイドたちが、次々とメイドを辞めて学園を去ったとか。


 ――あんなヤツのところにいてもロクなことがないだろうし、正解よね……。


 と心の中で呟き、二度頷くアイラであった。

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