第30話 たったの一撃

 そして、あっという間に勝負のときを迎えた。






「………………」

「フフッ」


 前回と同様、第一アリーナのグラウンドの中央で向かい合う両者と、背後で控えているメイド四人衆。


 その六人の間には、張り詰めた空気が流れていた。


 本当は二度と会いたくないメンツだったが、そうは言っていられない。


 ――というか……。


 ワァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!!!


 ――うるさァッッッ!!


 耳を塞ぎたくなる轟音の正体は、グラウンドを囲う客席に集まったギャラリーの歓声だった。


 その音は、時間が経つごとに増々大きくなっていく。


 ――こんなの、ブーイングと変わらないじゃない!


 そんな盛り上がりを見せる中には、軽食を持参する者もいれば、どちらが勝つかで賭けをしている人もチラホラ見られる。


 彼ら彼女らからすれば、これはちょっとしたイベントなのだ。


 ――見せ物じゃないんですけどー……。


 と心の中で呟いていると、小指を立てた手でマイクを持ったクズっちゃまが、客席の方に向かって声を上げた。


『ああー、ああー、お集まりの皆様、大変長らくお待たせいたしました! これより、わたくしと、ここにいる落ちこ……チャレンジャーによる、決闘を開始させていただきますっ!!!』


 ワァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアーーーッ!!!!!


 待っていましたと言わんばかりに大歓声が巻き起こり、アイラは耳を手で塞いだ。


 ――だから、うるさいっての!! ……ていうか、今、“落ちこぼれ”って言おうとしてたでしょ……!? ムカつくッ……!!


「ありがとうございますっ! ありがとうございまーーーすっ!!」


 客席に手を振り、歓声に応えるクズっちゃま。


「はぁ……」


 呆れてものが言えないアイラは、耳から手を離し、ため息をこぼす。


 ――お昼もまだだし……さっさと終わらせよ。


 アイラがスカートのホルダーから魔剣を取り出すと、


 ワァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアーーーッ!!!!!


 それ合図だったかのように、ギャラリーが一斉に沸き立つ。


 ――いや、誰もフロアを沸かしたつもりはないんだけど……。まあ、いいや。


 アイラがコンパクトフォームの魔剣を構えると、


「ハッハッハ! どうやら、僕たちに完膚なきまでに叩きのめされる覚悟が…………ん、んん?」


 意気揚々としているクズっちゃまの目の前で、アイラが徐に目を瞑った。


「な、なにをしているんだ?」

「ちょっと黙ってなさい。気が散るから」


 ――肩の力を抜いて……十秒かけてゆっくり深呼吸…………


「すぅぅー……はぁぁー……」


 ――…一……二……三……四……


「すぅぅぅーーー…………はぁぁぁーーー…………」


 ――…五……六……七……八…………九…………十。


 ――――…よしっ。


「じゃあ始めるわよ、よーい……」

「!? きゅ、急に始めるな! スタートの合図はこの僕が――」

「――スタートっ!!」


 アイラは踏み出す足に力を込めると、あの言葉を言った。




「魔剣、展開――」




 黒紅色の刃を形成しつつ、アイラは、油断しているクズっちゃまに一気に距離を詰める。


 そのとき、昨日のやり取りが、一言一句乱れることなく頭の中に流れた。


 ――お前は、剣を振るときの動作が硬すぎる。そんなんじゃ、簡単に避けられちまうぞ?

 ――じゃーどうすればいいのよ?

 ――自然体でいることを常に意識するんだ。

 ――自然体? どうやって?

 ――体のりきみを消して、流れに身を委ねるんだ。わかりやすく言えば、気づいたときには剣を“振り抜いていた”って感じだ。

 ――気づいたときには……振り抜いていた、か……。 


 体から余計な力を抜き、優しく握った柄をゆっくりと振り上げる。




「ッ――――ハァァアアアアアアアアアアアアアアアーーーッ!!!!!」




「なッ……なな……なにィイイイイイーーーーーッ!!!???」


「「「「…………ッ!!!???」」」」


 振り下ろされた紅い斬撃がクズっちゃまとメイドたちを飲み込むと、五臓六腑ごぞうろっぷに響く激しい衝撃によって土埃が舞い、ギャラリーは咄嗟に目を覆った。


 ピキッ――


「くッ……ハァァアアアアアアアアアアアアアアアーッッッ!!!!!」


 魔剣の軋む音を無視した一撃が収まると、ガラスが割れたように刃が砕け散り、手の中には柄だけが残った。


「ハァッ……ハァッ……」


 荒々しい呼吸を上げながら、アイラが拳を天高く突き上げる。




「よっしゃ…………よっしゃぁあああああああああああああああッッッ!!!!!」




 魂を震わす声を響かせると、宙の巨大なスクリーンに『アイラ・ハーヴァン』と一緒に『WIN』の文字が表示された。


「勝っ…た…………」


 アイラは力尽き、地面に倒れた。満足げな表情を浮かべながら……。






「クゥール……」

『ああぁ……最初から…あれでよかったんだな……』


 グラウンドの入り口で、その様子を見ていた二人。


『しっかし、とてつもねぇーな……』

「う、うん……」


 二人の視線の先に広がっていたのは、アリーナの半分が散りと化した光景だった。


 アイラの“たった一撃”が起こしたその光景に、二人だけでなく、その場にいた全ての人たちが圧倒されていた。


 ――お前の魔力の特性上、ハッキリ言って長期戦は無理だ。

 ――うっ……。じゃあ、どうしたらいいのよ?

 ――“一撃必勝”だ。これこそが、お前が身に付けるべきバトルスタイルだ。

 ――“一撃必勝”?

 ――相手を一撃で仕留めて勝利する。なあ? 簡単だろ?


『基礎を叩き込もうとした俺がバカだった。あいつは……あれでよかったんだ……』

「クゥール……」

『ルナ、どうやら俺は……とんでもなく面倒なやつを弟子にしちまったらしい』

「えっと……どんまい?」

『聞かないでくれ……』


 ――トホホ……。


 画面の向こうで大きく肩を落とすクゥールであった。






 ちなみに、その後、アリーナをものの見事に半壊させてしまったアイラには、二週間の停学と、一ヶ月間のアリーナのトイレ掃除の処分が科せられたのだった。




「そ……そんなぁあああああああーっ!!!」

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