第29話 一撃の秘策

「まずは、これを見てくれ」


 クゥールがコタツの真ん中に端末を置くと、宙のスクリーンにアイラの顔が映し出された。


「ん? ちょっ、なによこれーっ!?」


 それはつい昨日のこと、アイラの紅い斬撃によってゴーレムが切り裂かれた瞬間の映像だった。その映像の中でアイラは倒れ、魔剣は斬撃の反動によって砕け散った。


「これを寝転がって見ていたら、あることがわかったんだ」


 ――寝転がって見ていた……?


 引っかかる部分はあるが、ここは一旦スルー。


「……それで、なにがわかったの?」

「お前、今、携帯している剣で何本目だ?」

「え? えーっと……一……二……三…………壊れすぎて忘れちゃったわよ」

「だろうな」

「? なにが?」

「お前の魔剣が今まで何度も壊れていたのには、お前の特殊な魔力……正確には『魔力濃度』と『コア』が関係しているかもしれない」

「コア……?」


 聞き慣れない単語にアイラが首を傾げると、「はぁ……」と息を吐いたクゥールが真剣な顔で説明を始めた。


「魔力コア。吸収した魔力を刀身に送るために魔剣に内蔵されているものだ。俺たちは、それを介さなければ魔力を使うことができない」

「そんな重要なものが、剣の中に?」

「ああ」

「へぇー、そうなんだ」

「コアには、保有できる魔力の限界値が設定されているから、定期的に放出しないと魔力暴走<オーバーロード>を起こしちまうんだ」

「魔力……暴走……」


 口に出した瞬間、頭にフラッシュバックしたのは、思い出したくもないあの無様な戦い……。


「……だから、あのメイドたちと戦ったときはすぐに壊れたんだ……」

「ハテナが改修する前だったからな、コアの強度が違うんだよ」

「あの子、そんなに凄いんだ……」

「整備科が一目置くくらいだからなー。って、おいおい、言い方には気を付けろよ? あっちの方が年上なんだからさ」

「え…――ええぇ……っ!? 年上……!?」


 小恋ここいハテナ。高等部…………三年。


「さ、三年……。あの可愛さで一番年上……? ウソでしょ……」

「初対面で尚且つ年上の人に対して『可愛い』はちょっとな……」

「……っ!? もしかして、マズい……?」


 クゥールがコクリと頷くのを確認し、絶望した顔になるアイラ。


 ――そ、そうよね……。はぁ……。


「おーい」

「あ、オッホンっ。で、なんだっけ?」


 誤魔化しの咳払いをして何事もなかったかのような態度で話題を切り替えるアイラ。


「……はぁ」


 ――ため息……っ。


「魔力濃度か?」

「そ、そぉー! 魔力濃度! ……って、なんなの?」

「魔力濃度って言うのは、そのままの意味で魔力の濃さを表しているんだ」

「へぇー」

「一般的なナイトの魔力濃度が『60~70』、優秀なナイトなら大体『85~87』なんだが、お前の魔力濃度は…………『98』もあったんだ」

「きゅっ……九十八ぃいいいい……っ!!? ……それって、凄いの?」

「魔力濃度が『98』なんて聞いたことないぞ?」

「そ、そうなんだ……。……アタシの魔力って、そんなに変わってるの?」

「魔剣があんなブッ壊れ方をしたんだ。並の学生じゃ、まずそんなことは起きねぇーよ」

「…………そっか」




 ………………………………………………………………。




 そして唐突に訪れた、無言の時間。


 気まずいこと、この上ない。


「……明日、アタシ……勝てると思う?」

「意外だな。お前がそんなことを聞いてくるなんて」

「ねぇ、答えてよ」

「……そうだなー」


 アイラから目線を逸らすと、クゥールは宙のスクリーンを閉じた。


 その横顔を見つめるアイラの表情には、不安とちょっぴりの焦りの二つの色が浮かぶ。


「正面からぶつかっても…――――――勝つのは難しいだろうな」

「……ッ、そう…よね……」


 実に清々すがすがしい返答だった。


 この場合、変に誤魔化した答え方をするよりも、事実をハッキリと伝えた方がいいとクゥールは思った。


 ――こいつの実力は言わずもがなだが……。


 実力以前に魔剣が使い物にならないことの方が問題だ。


 ――幸い、ハテナが改修したから“一度だけ”なら耐えることはできるだろうが……。


 開発中のアイラ専用魔剣が完成するのは、まだ先のこと。あのハテナでも、明日までに作り上げるのは無茶な話と言える。


「……ほんとは、基礎についていろいろしたかったんだが…――――それはもう止めることにした」

「え、なに言ってんのよ……それじゃアイツに勝てないじゃない!!」

「勘違いするな、俺は勝つことだけを考えている」

「じゃあ、どうして……」


 クゥールはニヤリと口角を上げると、アイラを指さして言った。


「お前には、お前に合ったスタイルがあるってことだっ」

「は?」

「ニヒヒヒッ――」


 不敵な笑みを浮かべながら、顔を近づけるように優しく手招きするクゥール。


「ん?」


 ……。

 …………。

 ………………。


「――それなら、今のアタシでも……?」


 話を聞き終え、顔を離したアイラが口を半開きにしたまま尋ねた。


「ああぁ、十分勝てる。タイミング次第だけどな」


 クゥールの自信に満ちた顔が、この“秘策”の成功を確信しているように見えた。


 ……だが、アイラの心の内は違った。


「でも、もしそれがうまくいかなかったら……」

「ギャラリーが見に来るんだろ?」

「……え、えぇ……でも、それが……?」

「ってことは、その中にお前のことを陰でグチグチ言っている奴らもいるかもしれないってことだ」

「え」

「そいつらを見返すチャンスじゃないのか?」

「…………っ!!」


 ――見返す…チャンス……。


「お前の本当の力を見せてやれ。負けず嫌い、なんだろ?」

「…………っ」




 このとき…――――――覚悟は決まった。

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