第26話 美しき養護教諭

「アイラ――さ――」

「んっ……ん……」

「アイラさんっ!」


 薄っすら目を開けると、ぼんやりとした視界が徐々に開けていく。


「……ルナ…ちゃん……?」


 心配そうな顔で覗き込むルナの名前を呼ぶと、ホッと安堵した表情を浮かべた。


 ――あれ、この光景……どこかで……。


 白い天井とベージュのカーテン…………そして、独特のアルコールの匂い。


「……って、ここは……」

「アリーナの救護室だよ。あのとき、魔剣が突然爆発して……アイラさんがその爆風に巻き込まれて……」

「ば、爆発……?」


 物騒なワードに気分が悪くなる。


「……じゃあアタシの剣は……」


 首を横に振るルナを見て、やっと状況が飲み込めた。


「そっか……。ここまでは、ルナちゃんが……?」

「うん……」

「そうなんだ、ありがと……」




「――はいはい、ちょっとごめんねー」




 二人の会話に割って入ってきたのは、白衣を身に纏った長い金髪の女性。


「……カリア…先生?」


 保険室の養護教諭であるカリア・フレイル、その人だった。


「どうして、先生が……」

「ルナちゃんに呼ばれたのよ♪」


 そう言って子供のような眩しい笑みを浮かべるカリアだが、アイラの視線はその顔から下の方へと向けられる。


 ――初めて見たときもビックリしたけど。……す、すごい……っ。


 薄ピンクのサマーニットの胸元が、今にも引き千切れそうなほどに伸びている。


 ――これじゃ……思春期真っただ中の男子たちのいいまとじゃない……。


 そんなことを思いながらルナに背中を支えられる形で体を起こすと、カリアが白衣のポケットからペンを取り出す。


「じゃあ診察するから、あーんして」


 ペンのボタンを押すと先端にライトが点いた。


「あ、ああー……」


 ペン型のライトで目と口の中を診ると、首にかけていた聴診器で心臓と肺の音を確認する。


「なるほど、なるほど」


 カリアは聴診器を首にかけると、じっとアイラを見つめる。


「な、なんですか……?」

「うぅーん……」

「え……も、もしかして――」

「どこも以上なし! 健康そのもの♪」


 ………………。


「そうですか……」


 ――なんだ、びっくりした……。


「はい、これっ」

「え」


 カリアが徐に手渡してきたのは、水のペットボトルとチョコレート。


「水分と糖分の補給にねっ♪」

「あ、いただきます……」


 ペットボトルのキャップを開け、水でのどを潤すと、自ずと口から「ぷはぁ~!」と威勢のいい声がこぼれた。


 ――あっ、チョコ美味しい……っ。


 ピーピーッ。ピーピーッ。


 ルナの端末から通知音が鳴ったときは、“あの男”に間違いない。


『まだ目は覚めないのかー?』


 案の定、思っていた通りの人物が出た。


 ――やっぱり……。


「……もう起きてるわよ」

『おっ、五時間ぶりのお目覚めか』


 ――まったく、人が倒れたっていうのに能天気な…………え。


「ご、五時間? ……げっ、もう外真っ暗じゃん!」

「この前もそーだけど、お前寝すぎなんだよ」

「こらっ、クゥーくん! そーゆー言い方したらダメでしょ!」

「え?」


 ――“クゥーくん”……?


 ピロリンッ。


「あ、切れた」

「あちゃー……あははは……っ」


 カリアの気まずそうな顔が、アイラの興味をかき立てる。


「……あいつ、この前も先生のことを呼び捨てで呼んでたんですけど。二人はどういう関係――」




「ハーヴァン」




「……っ!! 城崎先生!」


 いつの間にか部屋に入ってきた城崎が、コツ……コツ……とヒールの音を鳴らしながらゆっくりと近づいてくる。


 その顔からは感情と呼べるものが微塵たりともなかった。


「調子はどうだ?」

「ど、どこも問題はないみたい……ですけど。それより、あの……眉の間にシワが……」

「どうしてなんだろうな~?」

「あ……あははは……」


 誤魔化し笑いが通用しない相手だということは、最初からわかっていた。


「さ、さぁ……どうしてでしょうね~……」




 ――寝起きで説教はキツいっ!

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