第25話 馬鹿はやっぱりバカだった

 アリーナ内にある広々とした更衣室で着替えを済ませると、アイラは通路に出た。


「ルナちゃん、どこに行ったんだろ……」


 更衣室の前までは一緒にいたはずのルナの姿がどこにもないのだ。


 廊下を見渡しながら「うぅーん……」と声を唸らせていると、


「――アイラさーんっ!」


 通路の奥からルナが小走りで向かってくる。


「あ、ルナちゃん」

「はぁ……はぁ……」


 アイラの前で止まると、ルナは膝に手をついて肩を揺らす。


「どこに行ってたの? 急にいなくなったからビックリしたよ」

「え、えーっと……きゅっ、急にお腹が痛くなって……トイレに……」


 と言って腹を撫でるルナの額には汗が浮かんでいた。


 どうやら、急いでここに向かってきたようだけど。


「大丈夫? これから保険室に――」

「――だ、大丈夫ですっ!」

「そう?」

「あははは……。えっと、ちょっとここで待っていてください! すぐに着替えてきますから!!」


 そう言って着替えを抱えたルナが更衣室に入っていった。


 ――そんなに急がなくても……。






 その後。


 トレーニングウェア姿の二人がグラウンドに出ると、


 ピーピーッ。ピーピーッ。


 ルナの端末から通知音が鳴り、二人の前にクゥールの顔が映し出された。


『準備ができたみたいだな』

「えぇ、もちろんよ!」

『おっ、やる気十分だな。時間もねぇーし、さっさと始めるぞ』

「よぉーしっ!」

『おいおい、なに木刀を持ってるんだよ』

「え?」


 アイラは、クゥールと木刀を交互に見る。


「持つに決まってるでしょ? これがなきゃ、特訓に――」

『まずは、なにも持たずにぼーっと立つところからだ』

「はあ? ぼーっと?」

『言われたらさっさとやれ』

「っ……わ、わかったわよ! なによ、その言い方!」


 ブツブツと文句を言いつつアイラは木刀を地面に置くと、スッと目を閉じた。


「……で、どうするの?」

『まずは目を閉じろ』

「目を? ……わかったわ」


 アイラは言われた通りに目を閉じる。


『よし。次は、十秒かけてゆっくりと深呼吸をするんだ』

「深呼吸ね……。すぅー……はぁー……。すぅー……はぁー……」

『すると段々、肩に入っていた力が抜けていくはずだ』


 ――言われてみると……確かに……。


 一……二……三……四……五……六……七……八……九……十……。


 心の中で数えながら深呼吸を繰り返していると、体から無駄なりきみがなくなり、フラットな状態に……なった気がする。


 ぐぅううう~……。


『おい』

「ち、力が抜けたら、つい……」

『お前な……』

「っ…………もう、いいわよ」

『……まあいい。じゃその状態をキープしたまま魔剣を展開しろ』

「いきなりいいの?」

『あぁ』

「…………っ!!」


 一瞬で嬉しそうな笑みを浮かべたアイラが、コンパクトフォームの魔剣を持つと、


「――展開っ!」


 その声に反応して黒紅くろべに色の刀身が出現した。


 これで、アイラの魔力と魔剣の間に見えないパイプが繋がれたのだ。


 アイラが使う学生用の魔剣は、音声入力だけで展開することができるが、優秀なナイトが持つ『専用魔剣』になると、柄の部分に指紋認証や脈拍センサーなどが組み込まれており、使用者以外が扱えないようになっている。


 ちなみに、魔具にはサイズごとに多種多様なバリエーションが存在する。


 剣や刀などの一般的なサイズの中型タイプ。

 ナイフやピストルなどの使い回しの良さが特徴の小型タイプ。

 大剣や大斧などの重量級が占める大型タイプ。


 などなど、魔具には三つのタイプが存在し、ナイトは自分にあったタイプの魔具で戦う。


 ――と、まあこの話はここまでにして……っと。


『ルナ、いいぞ。やってくれ』

「うんっ。ゴーレム、起動」


 ルナが端末を操作すると、突然地面が真っ二つに開き、その下から頑丈な装甲に覆われた二メーター弱のロボットがせり上がってきた。


 敵を想定した訓練用ロボで、主に実技の授業で使われている。


『いいか? 今からお前は、魔力を“使わず”にあいつを倒すんだ』

「それぐらい、ちょちょいの……って、え、使わないの!?」


 アイラは、鳩が豆鉄砲を食らったような顔でクゥールを見る。


『いきなり使ってどうすんだ。来て早々、魔剣をぶっ壊すつもりか?』

「あ。……で、でも、それなら木刀でも――」

『本番は魔剣を使うんだろ?』

「…………はい」


 ――おっしゃる通りです……。


『じゃ、まずは動作の確認からだ』


 ゴーレムの目に光が宿ると、重い足音を立てながらゆっくりと歩き出す。


 ドスッ…………ドスッ…………


 ――相変わらず、遅っ! ……フンッ、こんなの余裕じゃん。


「さあ~、どこからでもかかって――」

『ピピッ。ターゲット、ロックオン』

「え――――うわっ……!!」


 猛牛のような突進で距離を詰めてくるゴーレムを、アイラは慌ててジャンプして躱した。


「な、なんなのよ……急に……っ! なんであんなに速いのよ……ッ!!」

『もう忘れたのか? これは“特訓”なんだぞー?』

「わ、わかってるわよ……っ! それくらい……!!」


 そんなやり取りをしている間に、ゴーレムの寸分の狂いもない拳がアイラに向かう。


「くッ……!!」


 アイラはすんでのところで躱し、素早く距離を取る。


『反射神経は意外といいみたいだな』

「うんっ……アイラさん、凄い……っ」


 剣捌きは素人丸出しだが、それ以外の面はギリギリ合格……と言いたいところだが、


「……っ、見てなさいよ! アタシの可憐な剣技を――っ!!」


 アイラは地面を蹴ってふところに飛び込むと、振り上げた魔剣の刀身から紅黒い光が…――――




『あ』

「あ」




 ――馬鹿はやっぱりバカだった、か……。

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