第24話 彼の横顔

 その日の放課後。


「どうしよ……どうしよー……どうしよーッ……」


 廊下を進むにつれてアイラの声量が増していき……そして、あの部屋の扉の前でピタッと足を止めると、




「ど……どぉぉおおおしよぉぉおおおおおおおおおおーーーーーっ!!!!!」




 絶叫に似た叫び声を廊下に響き渡らせた――。






「――で、また闘うことになったと?」

「…………えぇ」


 珍しくシュンとした表情を浮かべたアイラが、コタツを囲うクゥールとルナに事情を説明した。


 今回ばかりは一人だけではどうすることもできないと、前回の一件で嫌というほどわからされたからだ。


「お前……本物のバカだろ?」

「ひ、人のことを『バカ』って言うんじゃないわよ!!」

「クゥール、バカはよくないよ……っ」

「ルナちゃん、そうよね……っ! もっとこの男に言ってやって!」

「おーい、ルナを味方に付けようとすなー」

「ええぇーんっ、どーしようー……っ!!」


 駄々だだをこねる子供のように、アイラはコタツに突っ伏し、額を擦りつける。


「やれやれ。それで、相手は……えーっと……」

「クズっちゃま、よ」

「ク、クズ……ひでぇーのか可愛いのか、よくわかんねぇー名前だな」


 ――てか、名前のセンスな……?


「……サイテーよ……アイツ……っ。女の子を道具みたいに……」


 聞き逃しそうなほどの小さな声だったが、アイラの内にある怒りが伝わってくる。


「アイラさん……」

「はぁ。ギャラリーの面前でまた同じような負け方をすれば、赤っ恥は避けられない。……だったら、やるしかないよな?」

「…………っ」


 突っ伏したままのアイラは小さく頷くと、ゆっくりと体を起こす。


「ふっ。じゃ、俺たちに言うことがあるだろ?」

「っ……アタシに……協力してくださ――…痛ッ!?」


 勢いよく頭を下げたせいでコタツに額をぶつけてしまった。


「痛ぁぁぁ……ッ!」


 涙目になりながら額を手で押さえていると、二人がプルプルと震え出す。


「……ぷふっ、あはははっ!!」

「ふっ、ふふっ……」

「わ、笑わないでよーっ!!」


 和気あいあいとした空気が流れているが、クゥールの内心は穏やかではなかった。


 ――しっかし、ほんとに大丈夫なのか……?






「それで、明後日までにアタシはなにをすればいいわけ? もしかして、特訓……っ!?」


 キラキラと輝かせた瞳でクゥールを見つめるアイラ。


「んん~……しょうがねぇなぁー」

「!! やったぁあああああーーーっ!!」


 アイラはガッツポーズを決めているが、その余裕がないことにまだ気づいていない。


 ――こいつ、自分が今どんな状況に置かれているのか、ほんとにわかっているのか……?


 バカに塗る薬がなければ、それを作る時間もない。


「じゃあ今からクズっちゃまのところに行って頭を下げて来い。一日でも日にちを延ばしてもらうために」

「……は、はあ!? どうしてアタシが……っ!!」

「お前の今の実力じゃまだ無理だからだ。まあ一週間くらいあれば、ちょっとはマシになるかもしれないけどな」

「イヤよッ! 絶対にイヤ!!」

「あのなぁ……はぁ」


 ――時間もないし……こうなったら、このまま突っ走るしかないか……。


 先が思いやられるが、なんとかするしかない。


「特訓に使えるのは、今日を入れてたったの二日しかない。だから、今日は徹底的に基礎を叩き込んで、明日はそれの反復に使う」

「え、それでほんとに勝てるの?」


 と尋ねられたクゥールは、肩をすくめて手のひらを上に向ける。


「さぁーな」

「さあーな……って、基礎だけじゃなくて、もっと実戦で使える応用とか……」

「応用っていうのは、基礎ができて初めて手を出せるものなんだ。お前は、まだ基礎すらできていないんだぞ?」

「うっ……」


 クゥールが言っていることはごもっともだった。


 基礎の『キ』の字もできていない人間が、いきなり上のランクのことをできるわけがないのだ。


「……で、でも……」

「応用はしない。いいな?」

「っ……わかったわよ」

「よしっ。じゃお前は、これからルナと一緒にアリーナに行け」

「アリーナ? でも今は予約した人たちが……」

「そいつらには悪いが、手は先に打たせてもらった」

「え?」


 ……。

 …………。

 ………………。


「――点検を理由に予約の日程を変更させたぁっ!? ……それ本当なの?」

「ああぁ、俺はいろいろと顔が効くんでね」


 ドヤ顔で胸を張るクゥールだが、今回ばかりはドヤっていても全然構わない。


 ――この師匠、ほんとに何者なの……?


「まぁ正直、たった二日でどうにかなるとは思っていないけどな」

「え? ど、どういうことよ……!?」

「剣術っていうのは時間をかけて一歩ずつ上達していくものなんだ。そんな短時間で、ボロ負けした相手に勝てると本気で思っているのか?」

「…………っ」


 ――ハッキリ言ってくれるわね……っ。


「……で、でも、やけに準備がいいわね……って、アンタは?」

「俺はここから出られない。だから、端末越しで指導する」

「? 出られないって、どういうことよ?」

「ア、アイラさん……それは……」

「今は、目の前のことに集中するんだ」


 初めて見る真剣な顔が、今までの彼に対するイメージを一変させた。


「アンタ……」




 ………………………………………………………………。




 二人が目を合わせること、十秒。


 アイラはゆっくりとまばたきをすると、沈黙を破った。


「……いくら聞いても、教えてくれないんでしょ?」

「あぁ……」

「そう……わかったわ。ルナちゃん、行きましょう」


 ルナを連れて部屋を出て行こうとするアイラが見たのは、クゥールのやるせない横顔だった。

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