第五章 少女の“特訓”と“リベンジ”

第23話 再戦の予感

 週末明けの朝。


「………………」


 アイラは気だるげな顔で制服の袖に腕を通すと、スカートのホックを留めた。


 その口からは「はぁ……」と朝一のため息がこぼれる。


 ――行きたくないな……


「……って、なに弱気になってんの、アタシっ!」


 テーピングが巻かれた両手で頬を叩き、自分に気合を入れる。


「よしっ、行こう!」


 カバンを持ち、玄関の扉のノブを掴もうと手を伸ばしたが、


 ――ううぅぅぅ……強く叩き過ぎた……


 赤くなった頬を擦りながら、アイラは呻き声を上げた。






「…………はぁ」


 階段を上がって一年生の教室がある廊下に来ると、二度目のため息がこぼれた。


 ――予想はしてたけど、やっぱり……。


 一度足を止めてしまったが最後、その場で立ち尽くしてしまった。


 廊下の真ん中で突っ立っているせいか、同級生たちがチラッとアイラの方を見て横を通り過ぎていった。


 ――もしかして、あの子じゃない……?

 ――そう! あの紅い髪の子よ……っ!

 ――ちょっ、声が大きいって……! 向こうに聞こえるでしょ……!?


「っ……聞こえてるんですけどー!」


 ――…っ!!?


 ――ご、ごめんなさぁーーーいっ!!!


 走り去っていった二人の背中が見えなくなると、三度目のため息がこぼれた。


 どうやら、アリーナでの一件が学園中で噂になっているようだ。


 ――もう広まってるんだ…………まっ、別にいいんだけど。


 それをに介さず、アイラが風を切るように廊下を進んでいると、




「まだこの学園にいたとはねぇー、アイラ…………なんだっけ?」

「ハーヴァンです、坊ちゃま」




 目の前に立ち塞がったのは、“あの”五人だった。


「……っ!! うわぁ……」


 ――で、出た……坊ちゃま&メイド四人衆……


「アハハハハッw ケガしてやんのw」

「惨め」

「哀れ」


 ――こ、このッ……好きに言わせておけば……ッ。


 心の内で拳を固く握りしめていると、なんだなんだと廊下に野次馬やじうまが集まってきた。


 ――なにか始まるのか!?


「……なにも始まらないわよ。で、アタシになんか用?」

「フフッ」


 ――キ、キモッ……


「……なに? ここで『靴を舐めろ』とでも言いたいわけ?」


 ――今、なんて言ったの……?

 ――靴を舐める……?

 ――どういうことだ……?


 事情を知らない人からすれば、当然の反応だ。


「フッ。本当なら、今すぐここでそうさせたいところだが……。僕は優しいから、君にチャンスを与えようと思ってね」


 坊ちゃまは徐に指でパチンッと鳴らすと、額に浮かぶ汗を後ろに控える黒髪メイドに拭かせた。


「よし、下がれ」

「はっ」


 ――なんなの、この時間……。


「チャンス? どうせ、『もう一度、闘ってあげよう』とか言うんでしょ?」

「!! ぼ、僕の台詞を先に言うんじゃないッ!」


 先に言われたことが余程悔しかったのか、額からまた大量の汗が流れていた。


 ――うわぁっ、また拭いてもらってるじゃん……。


「……後ろの四人抜きのアンタとの一対一ならいいわ」

「この前も言ったはずだ。彼女たちは、僕にとって――」


 ――そう返してくると思った。…………だったら。


「一人で勝てる自信がなかったんでしょ?」

「な、なんだとォッ!?」


 ――わかりやすい反応……っ。


「あら~? 動揺してるの~? 口は達者でも、腕前の方はイマイチだったのかしら~?」


 わざと挑発した口調で言うと、坊ちゃまの顔がみるみるうちに真っ赤に染まっていく。


「い、言ったなァーッ!!! いいだろう、一対一でやってやる! だが次負けたら、今度は大衆の面前で靴を舐めさせてやるからなァッ!!」

「何が何でも舐めさせたいのね……」


 ――キモっ! キィィィ~~~モッ!!!


「……じゃあ、もしアタシが勝ったら、この前の女の子への謝罪と、そうねぇ~……ここは王道に、全裸でグラウンド千周なんてどうかしら?」

「全裸で、せ、千周だと!?」

「勝てる自信があるみたいだから、これくらいの条件は当然でしょ?」

「ッ……いいだろう」


 ――うわぁ、チョロ……っ!


「勝負は、二日後の昼休み。場所は、前回と同じ第一アリーナだ」


 ――明後日あさって? 今からじゃないんだ……。


「フフッ。言っておくが、今回は一味違うぞ?」

「どうせ、昼休みだからギャラリーでも呼ぶつもりなんでしょ?」

「!!? な、なぜわかった!?」

「いや、それくらいわかるでしょ。アンタ、バカ?」

「ぼ、僕を馬鹿と呼ぶなッ!!」


 キーンコーンカーンコーン。


 口論を止めるチャイムが廊下に鳴り響くと、野次馬がぞろぞろと自分たちの教室に戻った。


「フフッ。勝負が楽しみだ」

「メイドに戦わせるんじゃないわよー」


 五人の姿が隣の教室に消えるのを待ち、アイラは肩を落とす。




 ――あーあ、やっちゃった……。

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