第22話 その声を聞くだけで……

 その日の夜。


 自室に戻ったアイラは、机の上に広げたノートと向かい合っていた。


 倒れる前までに習った部分の復習をしようと思ったのだ。


『座学すらまともにできねぇーやつに剣術なんて教えてどうすんだ?』


 クゥールの一言が、勉強嫌いのアイラをふるい立たせた。


「えぇーっと、確か……魔剣を使っている間だけ、身体能力や心肺機能が強化……されるんだったわよね……」


 教科書に並べられた文章を口に出して読み、ノートに書き写していく。


「魔獣は個体差によって魔力値が…――」


 出だしはよかったのだが、ペンを持つ手が……ピタッと止まってしまった。


「………………」


 書き始めてまだ数行しか埋まっていないページをじっと見つめながら、考えていたのは……


 ――どういう関係なんだろう……あの二人……。


 クゥールとルナの関係についてだった。


 ――まず、あの男がロリコンなのは間違いとして……


「問題は……ルナちゃん、か」


 ――あの満更でもなさそうな顔……あれは間違いなく……。


『ルナぁあああ~っ』

『えへへっ、くすぐったいよー……っ』


 ――っ!! ……あ、あんな男に頭を下げただなんて……。


 握るペンからミシミシと軋む音が鳴ると、


「ああぁー……なんだか急にムカついてきた…………寝よ」


 閉じたノートの横にペンを置き、部屋の明かりを消してベッドに飛び込んだ。


「…………はぁ」


 ピーピーッ。ピーピーッ。


 枕に顔を埋めていると、端末から通知音が鳴った。


 ――ん? ……あ。


「もしもーし、叔母おばさん?」

『眠たそうね、アイラ』


 宙のスクリーンに叔母の顔が映し出された。


「急にどうしたの?」

『最近、連絡してこないから心配してたのよ』


 優しさと芯の強さを感じさせる瞳が、アイラをじっと見つめる。


「そ、そうなんだ……ごめん……」


 普段は強気のアイラも“育ての親”である叔母には歯が立たない。


 ――はぁ。こっちに来ても心配をかけちゃうなんて……。


 アイラは、母親の姉である叔母に育てられた。


 満月の夜。叔母の家の玄関の前に、手紙と一緒に毛布で包まれていた紅い髪の赤ん坊。


 それが、アイラだ。


 叔母曰く、玄関を開けたら赤ん坊がいたものだからとても驚いたらしい。


 叔母には妹以外の家族がいなかったため、一人で育てることに迷いはなかったらしいが、その決め手になったのが、一緒に置かれていた手紙だったという。


 その手紙になにが書かれていたのかは、アイラは未だに教えてもらえていない。一時期、内容について何度も尋ねたが、返事は変わらなかった。


 なにか隠し事をしているのは間違いないが、いつか話してくれるだろう。


 ――そう、いつの日か……。


 叔母なら必ず話してくれる日がくると、アイラは確信を持っていた。なぜなら、


 ――両親の顔すら知らないアタシを、ここまで大きく育ててくれたのだから……。


 ……。

 …………。

 ………………。


『――へぇー、いろいろ大変そうね』

「まぁ、大したことはないけどね」

『ふふっ。相変わらず、自信だけは立派なんだから』

「それがアタシの持ち味なんだもーんっ♪」


 ――持ち味、か……。


『あっ、もうこんな時間。明日も早いんでしょ? そろそろ寝た方がいいんじゃない?』

「うん、おやすみ……」

『おやすみ、風邪を引かないようにね』

「はぁーい……」


 通話を切ると、充電コードを繋げた端末を枕元に置いた。


 ………………。


 ――あんなに考えながら喋ったの、初めてかも……。


 話せることよりも、話せないことの方が圧倒的に多かった。


 余計な心配をかけるわけにはいかないと思ったときには、頭の中の記憶を引っ張り出すことで精一杯だった。




「…………頑張らなきゃ」




 アイラは目を閉じると、夢の世界へと入っていった――。

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