第20話 倒す者、直す者、癒す者

 ――な、なに…あれ……




 トイレから戻ってきたアイラが見たのは……


「ルナぁあああ~っ」

「えへへっ、くすぐったいよー……っ」


 デレデレした顔のクゥールが、乙女座りのルナの太ももに顔を乗せていたのだ。


「……なにやってんの……」


 膝枕ひざまくらでルナに甘えるその姿に、アイラは動揺を隠せない。


「ああぁ~ルナの太ももはマシュマロみたいに柔らかくて……最高だ……っ」

「うぅぅ~……っ、クゥール……っ」


 クゥールが少し身じろぐたびに、ルナの口から甘い吐息が漏れる。


 ちょっと嬉しそうなのは、きっと気のせいだ。


 ――気のせいの…はず……。


「おっ、戻ってきたか。じゃ勉強会を再開するとすっか」

「そうだねっ」


 クゥールが体を起こすと、ルナは平然とした顔で定位置に戻った。


 その態度も気になるところだが……。


「っ……な、なにしてんのよっ! このロリコン……っ!!」

「ロリコンでも結構っ!」

「…………っ!!」


 清々しい顔で言い返されてしまえば、これ以上、なにも言えない。


「……もしかして、二人って……誰にも言えない関係、的な……?」

「はあ? なに言ってんだ、お前。ボケるならちゃんとボケないとダメだろ」

「いや、別にボケてないんだけど。……ルナちゃんは――」

「“誰にも言えない関係”……っ」


 ルナの満更でもない表情に、今度こそ返す言葉を失うアイラであった。






「魔力値が全体の十パーセントを切った状態のことを『魔力まりょく欠乏症けつぼうしょう』と言うが、その状態になると発症する主な二つの症状とは?」

「えーっと……異常な倦怠感と……意識が朦朧もうろうとする……だよね……?」

「正解だ。じゃあ、三パーセントを切った状態のことを?」

「『魔力切れ』だよね。生命維持を優先するために、一時的に魔力が使用できなくなる……」

「正解だ、えらいぞ~っ」

「えへへっ……」


 クゥールが頭を優しく撫でると、ルナはまた頬を緩めた。


 その様子を眺めているだけで、癒し効果は絶大だった。


 ――でも……。


 勉強会が再開されたものの、今度は逆にクゥールの膝の上にルナが座っていた。


 ――もう意味がわかんない……。


「クゥール、ここの問題なんだけど――」


 ――本人がいいなら、もういいかな……。


「……それにしても」


 ルナの前に広げられた分厚い本。


「難しそうね……」

「ルナは看護科志望だからな、中等部に入ったときから勉強してるんだ」

「へぇー」

「あははは……合格できるかわからないけど……」

「合格? 試験でもあるの?」


 ………………。


 ――えっ。なに、この……?


「お前、そんなことも知らないのか?」

「し、知らないわよ。中等部があったことすら知らなかったんだから」

「はぁ……。ここには、『騎士科』『整備科』『看護科』の三つの学科があるんだ」


 中等部の三年になると、好きな学科を選んで試験を受けることができ、その試験に合格することができれば、四月から高等部に通うことができる。


「へぇー。じゃあ、その試験に落ちちゃったら、どうなるの?」

「それはもちろん――――ここを去る。試験は一発勝負なんだ」

「!! ざ、残酷なのね……」

「世界を守る人材を育成するための場所なんだ。厳しくなるのは当然だ」


 三つの学科の中でも、看護科が一番、卒業するのが難しいと言われている。いざとなれば戦場の真っただ中に行き、負傷したナイトの治療を行わなければならないため、豊富な知識と高度な技術力が必要になるからだ。




 魔獣を倒す者<ナイト>

 魔具を直す者<メカニック>

 人々を癒す者<ヒーラー>




「この三つのエキスパートによって、この世界は守られているんだ」

「そっか……。どれか一つでも欠けたらダメなのね」

「ああぁ」


 ………………。


「……ところで、一つ聞きたいことがあるんだけど」

「なんだ?」

「さっき言ってた、魔力欠乏症? って、なに……?」


 ………………。


 室内が一瞬にして静まり返り、二人のじーっとした視線がアイラに向けられる。


「……な、なによ、人の顔をじーっと見て」

「えーっと……あははは……」

「どうやら、勉強の時間がたっぷり必要のようだな」


 そう言ってポンッと肩に手を置くと、


「っ……軽々しく触らないでよ……っ!!」


 その手を弾いたアイラの顔がムスッと不機嫌なものに変わる。


「そぉー怒るなよ」

「別に怒ってないから、勝手に決めつけないで!」


 ――いや、どこからどう見ても怒ってるだろ。


 やれやれ、と言いた気な顔のクゥールに腹が立ったアイラの中で、フツフツと怒りのボルテージが上がっていく。


「……アンタの」

「? 俺がなんだ?」

「……アンタの強さを、アタシに見せてみなさい!」


 なぜか自信満々な顔でアイラはビシッと指さす。


「アタシと勝負よ! もし負けたら、残りの時間、文句一つ言わずに勉強に集中するって約束するわ」

「ふーん、言ったな?」

「ク、クゥール……!?」


 慌てた様子で止めようとするルナを、クゥールが手で制する。


「いや、わざわざ戦う必要はない」


 コタツから脚を出して立ち上がると、「ふぅ……」と息を吐く。


「人間が魔力を使うには、魔具<マグ>と呼ばれる専用の武器を介さなければならないってことは、知ってるよな?」

「っ……も、もちろんよ……っ!」

「魔具<マグ>の種類は細かい部分で分けると、一千通り以上も存在すると言われている」

「いっ、一千……」

「こうしている間も開発は進められ、毎日のように新たな魔具が生み出され続けているんだ」

「そうなんだ……って、さっきからなに言ってんの?」


 クゥールは教師のような口調で話していると、徐に左腰のホルダーに手を当てた。


「細かい話はここまでだ。……目を離すんじゃねぇーぞ?」


 ゴクリ……。


 アイラが緊張した面持ちで頷いた瞬間、




 ――あ……あれ…――――




『――…そこまでだ――クゥール・セアス…――――』




 ――この…声は…………


 遠のく意識の中で、アイラは謎の声を耳にしながら、視界に広がる闇に溶けていった……。

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