第19話 アイラ、怪獣と化す

 それからというと、クゥールによる勉強会が始まったのだけど。


「はぁー……」


 アイラのノートは、一向に進んでいなかった。


「ん? おいおい、さっきから一文字も進んでねぇーじゃねぇーか」

「だって……つまんないんだからしょうがないでしょ?」


 コタツの上に広げた真っ白なページに顔を埋め、ブツブツと言い訳を並べる。


「まだ始まったばっかで、それ言うか?」

「だって……」

「はぁ……。誰だっけ? “なんでもする”って言ったのは」

「…………っ」


 アイラの眉がピクッと反応したその一瞬を見逃さなかったクゥールが追い打ちをかける。


「なんで今、ピクってしたんだ?」

「……今、目の前に虫がいたから…ビックリしただけよ……」

「ふぅーん」

「っ……や、やればいいんでしょ!?」


 アイラは丸まっていた背筋を嫌々伸ばすと、教科書と向かい合った。


 ………………。


「うっ…うぅぅ……ねぇ、やっぱり体を動かした方が…――」

「な・ん・で・も?」

「――――…するッ!!」


 ――ふっ。


 アイラの扱いが徐々にわかってきた気がするクゥールであった。


 ……。

 …………。

 ………………。


 だが、それから僅か三分後。


「ううぅぅぅ~っ……ガァアアア~~~ッ!! わかんなぁーーーいっ!!」

「怪獣か、お前は!」


 ――こんなツッコミ、人生で初めてだぞ……。


「まったく……。少しはルナを見習ったらどーだ? 時間がかかっても、一問ずつ

丁寧に解いてるだろ」


 そう言ってクゥールがルナの髪を優しく撫でると、「えへへっ」と声が漏れ、頬が緩んだ。


「………………」

「? なんだよ、お前も撫でてほしいのか?」

「そ、そんなわけないでしょっ!?」

「と言いつつ、ほんとはしてほしいんじゃないのか~?」

「だ、誰がアンタなんかにッ!!」

「ほらっ、言ってみろよ~」

「はあ? ウザっ、キモっ、4……おっと、これ以上は止めておいたほうがいいわね」

「今、『4ね』って言おうとしたよな? 絶対そうだよな? わざわざ漢字でもなく、ひらがなでもなく、数字を使ったよな?」

「少し黙ってみたら? というか、よくそんな噛まずに喋られるわね」

「しょうがねぇーな。じゃあ今から出す問題に答えることができたら、特別に撫でてやるよ」


 そう言っている間も、クゥールの手はルナの髪を撫で続けている。


 ――もしかして、この男…………ロリコン?


「問題を出すぞー。世界で最初に魔力が確認されたのは、今から何年前だ?」

「そんなの簡単よ、答えは二百年前よ」

「おっ、正解だ」

「ふふんっ、あまりアタシを見くびらないで――」

「次の問題だ。魔剣の“エンジン”とも呼ばれているパーツはなんと言う?」

「え? えぇーっと……ふゅっ、ふゅ~ふふ~っ」

「下手な口笛で誤魔化すな。……はぁ。まさか、こんな初歩的なことも知らないなんてな……」

「!! そ、それくらい……知ってるわよ……っ」

「ほほぉ~」

「な、なによッ!!」

「いや、べっつにぃ~っ」

「むぅぅぅ~……っ!!」


 アイラの顔がタコのように真っ赤に染まっていく。


「二人とも、ほどほどに……ね?」


 二人の言い合いは、その後もヒートアップしたが、ルナが間に入ることでなんとか収まった……ように見えたが、


「フンッ!」

「おい、どこに行くんだー?」

「っ……トイレよ、ト・イ・レ……っ!!」


 そう言って玄関の手前にあるトイレに入ると、バタンッ! と強めの音を立てて扉を閉めた。


 その赤みがかった頬から察するに、恐らく言い出せずにずっと我慢していたのだろう。


「行きたかったのなら言えよな、まったく」


 ――クゥール……それは違うと思う……。

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