第18話 アイラの魔力値

 クゥールの部屋の中、コタツを囲う三人の間には、言葉にできないズーンっと重い空気が流れていた。


「まさか、アタシが……」

「アイラさん……」


 扉に一番近いアイラが落ち込んだ表情を浮かべると、窓際のルナが心配そうな顔で名前を呼ぶ。


「ふわぁ~……」


 その中で、場違いな欠伸をこぼす人が一名。


「ク、クゥール……っ!」

「ん~……? ああぁ、悪ぃな……実は昨日、あんまり寝られてなくてさ…………ふわあぁぁぁ~……!」

「……ッ、人が大変なときに、よくのんきに欠伸あくびなんてしてられるわねッ!」

「すぅー……んんー……っ」


 ――寝るの早……っ!?


「……呆れてものが言えないわね。なんでこんなヤツなんかに頭下げちゃったんだろ……」


 アイラが涙目な理由ワケは、今から一時間前までさかのぼる――






『……お、おぉ……こりゃ……』

「え、なに?」


 二人の反応が気になり、画面を見ようとすると、


「話があるからここに座って」

「え? ……そのイス、どこから出したの?」


 促される形でパイプ椅子に腰かけると、真剣な顔のハテナが口を開けた。


「アイラ・ハーヴァンさん」

「さ、さん……?」


 ――急にキャラが変わったんだけど……。


 ボケなのか本気なのかさっぱりわからない。


「真剣な話だから、おふざけはなし。オーケー?」

「いや、ふざけてるのは――」

「しーーーっ」

「うぐっ……」


 ――もうどっちでもいいわ……。


 そんなアイラに、ハテナは「これを見て」と言って画面を指さす。


 ――な、なに……?


 その画面に映し出されていたのは、『検査結果』の文字の下に書かれた…………




 魔力値――――――測定不能




「…………へっ?」

「アイラ・ハーヴァン。あなたの魔力は…………さっぱりわからない」

「……ん? え、どういう…こと……? ていうか、魔力値ってなに……?」


 目の前の状況をなかなか飲み込めないアイラに、クゥールが説明する。


『魔力値っていうのは、一人一人が持つ魔力の値のことで、その値が高ければ高いほど、優秀なナイトになる素質があると言われているんだ』

「そ……そうなんだ……。じゃ、じゃあ、その値が測定できないってことは……まさか……」

『お前が一流のナイトになれるかどうかはわからねぇーってことだ』

「え――」


 視界に広がる景色が真っ白に染まっていき…――――






 そして気づいたらベッドの上……ではなかったが、ここに来るまでの道中の記憶がほとんどなかったのだった。


「はあああぁぁぁぁ…………」


 大きく肩を落とすアイラ。


「アイラさん……。ねぇクゥール、どうにかならないのかな?」

「あのハテナがお手上げだからなー」

「……っ、お手上げ……」

「あ」


 落としていた肩が今にもコタツにつきそうだ。


「まあそう落ち込むなって。ハテナがいろいろ調べてみるって言ってただろ? だったら、俺たちは今できることをやるしかない。違うか?」

「それは……そうだけど……。そういうアンタの魔力値っていくつなの?」

「俺か? ……どれくらいあったかなー」


 ピーピーッ。ピーピーッ。


「誰だ? こんなときに」


 端末を操作すると、宙のスクリーンに少女の眠たそうな顔が映し出された。


『……クゥール?』

「なんだハテナか。寝てたのか?」

『…………んっ』


 ハテナは揺れる頭でコクッと頷くと、そっと目を閉じた。


『すぅー……すぅー……』

「ね、寝ちゃったわね……」

「困ったな、こうなると当分起きないぞ?」


 スクリーンを閉じたクゥールが「はぁ……」と息を吐く。


「なんだったのかしら?」

「さぁーな。ハテナがなにを考えているのかなんて、あいつ自身しかわからねぇーよ。そういえばなんの話をしてたっけ?」

「アンタの魔力値がいくらかについてよ」

「俺の魔力値か……」

「アンタ、もしかして自分のことなのにわかってないの?」

「……お前も人のことは言えないだろ?」


 ギクッ――


「……ふゅっ、ふゅ~ふふ~っ」

「なんだよその口笛……ヘタクソにもほどがあるだろ……」

「っ……そ、そんなことより、アタシの魔剣、いつ完成するの?」

「さぁー。お前の場合は特殊過ぎるからわかんねぇよ」

「そんな……」


 いよいよ肩が床につきそうだ。これ以上はまずい。


「まあ出来上がるまでは、ハテナに修理してもらった魔剣を使っていくしかないな」

「はぁ……。アタシ“だけ”の魔剣…………早く見たいなー……」


 この学園で専用の魔具マグを持つことが許されているのは、優秀なナイト候補生だけだが、“地位”や“権力”を利用することで特別に許可されている生徒もいる。


 ――もしかして、アイツもその内の一人なんじゃ……


 坊ちゃまと呼ばれ、メイドを付き従えているのだから、ない話ではない。


「このままダラダラと喋っていてもしょうがねぇーし、早速始めるか」

「え、えぇ、そうね……。でも」


 アイラの目が、コタツの上に並ぶ勉強道具一式を見た。


 ハテナラボを出る前に、クゥールから持ってこいと言われたモノだ。


「まさか、今から勉強するなんて……言わないでしょうね?」

「するぞ? 勉強」


 クゥールの目にウソの色は見られなかった。


「えぇー……アタシ、勉強より剣術を教えてほしいんだけど……」

「はあ? なに言ってんだ、お前」

「お、『お前』ってなによ! アタシにはねぇー、『アイラ』って名前が――」

「座学すらまともにできねぇーやつに剣術なんて教えてどうすんだ?」


 ギクッ――


「そ、それは……」

「お前は剣術以前に“知識”が圧倒的に足りねぇ。だからすぐに切羽詰まった状況に追い込まれるんだ」

「………………」


 ぐうの音も出ないとは、まさにこのこと。


 ――く、悔しい…けど……。


 正論の前では、如何いかなる言い訳も通用しないのだ。


「っ……勉強、すればいいんでしょ……」

「ふっ。じゃまずは基礎中の基礎、からな?」

「ううぅぅぅ……っ!」




 ――勉強……勉強か……。

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