第13話 予測不可能な師弟!

「…………ッ!!」


 城崎が体を起こす間と、アイラの口から苦痛の声が漏れた。


「細かい話は後でたっぷりと聞かせてもらう。いいな?」

「……はい」


 ――まあ、しばらくは時間がかかりそうだが……。


「――はぁ……はぁ……っ! 先生……待ってくださいぃぃぃ……っ!」


 二人が振り返ると、入場口から出てきたルナが息を切らしながら二人の元に向かっていた。


「ルナ…ちゃん……?」

「ルナが私に連絡してくれたんだ」

「……っ!! そう…だったんだ……」

「はぁ……はぁ……」


 ルナは二人の前で立ち止まると、膝に手をつき、肩を大きく揺らす。


「ルナちゃんが先生を呼んでくれたんだよね……ありがと……っ」

「え、えっと……廊下を歩いていたら、アイラさんが知らない人たちとアリーナの方に歩いて行くのを見て……それで……」




 ――でねぇー、――くんがねぇー。

 ――ええぇ~、ウソ~っ!?

 ――あははは……。ん?


 同級生と一緒に廊下を歩いていたルナは、ふと窓から見下ろす。


 ――あれって……

 ――ルナちゃん?

 ――どうしたの?

 ――あ、その……ちょっとお手洗いに行ってくるから、先に行ってて……っ!


 そう言ってルナは来た道を戻りながら端末を開いたのだった――。




「あははは……って、アイラさん、顔から血……血が……っ!?」


 血を見るのが苦手だったのか、バタッと倒れそうになるアイラの体を城崎が腰に腕を回して支えた。


「大丈夫か?」

「ご、ごめんなさい……」


 ピーピーッ。ピーピーッ。


「あ」


 ルナがスカートのポケットから端末を出すと、宙のスクリーンに“あの男”の顔が映し出された。




『よぉっ』




 ――うわぁ、出た……。


『おぉ~おぉ~、ボロボロだなー』

「……うっさいわね。見ればわかるでしょ……」


 心配の言葉もなく、人の顔を見てニヤニヤしているというのに、なぜか怒りが湧いてこない。


 怒るだけの気力が今の自分には残っていないのだ。


『城崎先生に感謝するんだな。あと、先生を慌てて呼んだルナにも』

「……さっき、先生から聞いた」

『そうか、ならいいんだ……うん』

「……なによ、言いたいことがあるなら……言いなさいよ」


 釈然としない態度に、フツフツと怒りが込み上げてくる。




『しっかし、ほんと…――――コテンパンにやられたなーって思ってな』




 …――――ッ!!


「ク、クゥール! そんなことを言ったら――」

「……だって……しょうがないでしょ……。魔剣が…壊れたんじゃ……」


 怒るかと思いきや、返ってきたのは弱気な反応と、アイラが出したとは思えない震えた声だった。


「あのとき…壊れてなかったら……きっと…――」


 地面に転がった柄を見つめながら声をこぼすと、スクリーンの向こうからため息が聞こえた。


『またそうやって、剣のせいにして整備科に怒鳴りに行くのか?』

「え……」

『まさに寝耳に水って顔だな』

「どうして……アンタが……」


 ――アタシが……整備科に行ってることを……


『俺はお前と違って顔が広いんだよ』


 クゥールはエッヘンと誇らしげな顔で胸を張る。


『あ。もちろん、人脈の意味でな。整備科の中には、俺がこんな状況だってことを知っている奴がいてな、そいつから聞いたんだ』

「……なにを聞いたの」

『“アタシに見合う魔剣を作りなさい”だの、壊れた魔剣を“今日中に直しなさい”だの、毎日のように怒鳴りに来る新入生がいるってな』

「………………」

『まったく、人使いが荒いなー。学生が使う魔具は、授業の一環として整備科が修理することになってはいるけどさ、頼み方ってものがあるだろ?』

「そ、それは……」

『自分がうまくいってないからって、周りのやつに八つ当たりしてんじゃねぇーよ』

「――――…ッ!!」


 一切、気を遣わない言葉の連続に啞然あぜんとするアイラ。


『ほんと…――――無様だな』

「ッ……黙れ……」


 震える膝にムチを打って立ち上がると、フラフラした足取りでスクリーンに近づき、そして……




「黙れ…黙れ……黙れぇええええええええええーーーッッッ!!!!!」




 頬を引っ叩こうとしたが、上げた手はスクリーンをすり抜け、空振りに終わった。


「ッ――――くッ!!」


 今度は振り抜いた手の甲で叩くと、ルナの手から弾かれた端末が地面に転がった。


「アンタに……なにがわかるのッ!? なにも知らないアンタがッ!!」


 ルナが慌てて端末を拾い上げると、クゥールは『――フッ』と鼻で笑った。


 その目からは、泣きわめくワガママな少女が滑稽に見えているのだろう。


『そんな顔で戦場に出てみろ、お前死ぬぞ?』

「…………ッ」


 ウソや偽りのないクゥールの言葉が、頭の中で反芻はんすうしていた雑音を全てかき消していく。


「……アンタなら…アタシを…………一流のナイトに…――」


 消え入りそうな声のアイラが倒れそうになった瞬間、城崎が肩を支えた。


「すみません……先生……」

「構わん。……ん?」


 アイラが城崎の手を離すと、徐に地面に膝をつき、三つ指をついた。


 それは、下品で醜いクズヤロウから教えられた体勢……。


「アイラさん……」

「…………ッ」


 ゆっくりと頭を下げ……地面に額を擦りつけた。


「アッ……アタシを……ッ」


 ボロボロの体を震わせ、アイラは噛み殺した声で言った。




「ア……アタシを……強く、してくださいッ……お願い…します……ッ!!!」




 それは…………自信家でプライドの高い彼女が、初めて頭を下げた瞬間だった。


「負けっぱなしは……嫌なの……っ!!」


 油断すれば、数分前に味わった屈辱がフラッシュバックされるが、喉を通るものをグッと堪え、アイラは充血する瞳で英雄と呼ばれる少年を見た。


『………………』

「…………っ」


 互いに瞬きをせず、じっと見つめ合う。


「……お願い……なんでも…するから……ッ」

「アイラさん……」

「………………」


 ――ハーヴァンは本気だ。クゥール……お前はどうする?


 と心の中で呟いていると、城崎は彼の目の色が変わる瞬間を見た。


『……今、“なんでもする”って言ったな?』

「っ……えぇ、言ったわ……」

『へぇー…………面白いじゃん』


 寝転がっていたクゥールが体を起こすと、


『言っておくが、俺は一度決めたことは最後の最後までやるぞ。お前が諦めて逃げ出したくなっても。それでもいいんだな?』

「っ……ええぇ、上等よ……っ!! やってやろーじゃない!!」


 血と涙で濡れた顔を乱暴に手で拭い、アイラは笑って見せた。


『ふんっ。じゃ改めて、自己紹介といこうか。俺は、クゥール・セアス。明日からビシバシいくぞ』

「アタシは、アイラ・ハーヴァン。アンタに教わるなんて死んでもごめんだけど、アタシは強くなりたいの。だから、アンタに懸けることにしたわ! よろしく頼むわね」




 この日、この瞬間、予測不可能な師弟タッグが誕生したのだった。

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