第12話 屈辱の瞬間

 ………………………………………………………………。


 戦いが終わったグラウンドに静寂が訪れた。


「……フッ。口程くちほどにもないとは、このことを言うんだな」


 地面に突っ伏しているアイラを見下ろしながら言うと、黒髪メイドに目配せをする。


「はっ」


 メイドはアイラの髪を強く掴むと、上体を起こした。


「ッ……ァッ……!!」


 唐突な痛みに悲鳴を上げるアイラの瞳が、下品な笑みを浮かべる顔を見た。


「フッ。僕の勝ちだ」

「――ガハァッ……!!」


 坊ちゃまが地面を指さすと、髪を鷲掴みにしていたメイドがアイラの顔を地面に押さえつけた。


 ――あッッ……ぐッ……


 傷が地面に擦れて激痛が走り、アイラがもがこうとすると、両手両足を他のメイドに上から押さえつけられたため、身動きが取れなくなってしまった。


「今どんな気持ちだ? 悔しいか、悔しいだろ? けど、最初に勝負を持ちかけたのは君だってこと、忘れてないよね?」

「……ッ!! アン…タ……ッ!」

「あぁーそういえば、さっきいいことを思いついたんだ。土下座なんかよりも、落ちこぼれの君にピッタリなことを……」


 そう言って、スッとつま先をアイラの顔の前に置いた。


「敗者の君に、拒否する権利なんてない」

「…………ッ」


 その意味は、言うまでもない。


 アイラの折れかけているプライドを、ズタズタに引き裂く行為なのだから……。


「さあ、あるじに服従する犬のように、舌を出してみろ」

「…………っ」


 目から漏れ出る涙が地面に広がる。


 こんなことをするために、ここに来たわけじゃない――。

 こんなことをするために、勝負をしたわけじゃない――。

 こんなことをするために…………こんなことなら……来なきゃよかった――…こんなところ……


 固く握りしめた手からフッと力を抜くと、ゆっくりと目を閉じた。


「………………」


 アイラは……涙で汚れた顔を…――――




「――そこの二人、ここでなにをやっているんだ!」




 ――この…声は……


 閉じた瞳をゆっくりと開けると、視界の真ん中でぼんやりと人影が見えた。


 ――あれは……


 近づいてくる人物の輪郭がハッキリとわかった瞬間、今までとは違う涙がこぼれた。


「…――――城崎…先生……」

「っ!! ハーヴァン」

「おや? 城崎先生じゃないですかー、ここには何用で?」


 明らかに挑発した口調に対して、城崎は毅然とした態度を取る。


「傷だらけの女子生徒に、靴を舐めさせようとするとはな」

「勘違いしないでもらいたいですね。これはゲームですよ? 負けた方が勝った方の言うことをなんでも聞くという」


 誇らしげに言っているが、実際はなにもしていない。


 この男は、他人の功績を我が物のように言い張る…………卑怯で最低な人間なのだ。


「やれやれ、どうやらお前たちは、大切なことを忘れているらしい」


 すると城崎は、教壇に立っているときの口調で話し始めた。


「生徒が授業以外で魔具マグを使用するときは、学園の許可が必要だ。学生手帳にもそう書いてあるだろ?」

「ええぇ、知っていましたよ。……でも、それがなにか?」

「……お前」

「僕に説教しようとするなんて……。僕の一声で、先生、あなたの首が飛びますよ? それでもいいんですか?」


 立てた親指で首に横の線を引くと、ニヤッと笑って見せた。


 敬意もへったくれもないその態度に、城崎は呆れた表情を浮かべる。


 ――…一声で……って、どういうこと……?


「別のクラスの生徒だから見逃してやろうと思ったが……そういう訳にはいかないようだ」


 城崎がスカートのホルダーにそっと手を当てた瞬間、


 ――――…っ!!?


 濃密な魔力が溢れ出し、それと同時に発生したプラズマが城崎を中心に広がっていく。


「ここでお前たちに、いいことを教えてやる」

「い、いいこと……だと?」


 坊ちゃまは動揺を隠せなかったが、それはメイドたちも同様だった。


「いいか? この学園には、ルールを守らない学生に対して――――“教員が実力行使をする権利”が与えられているんだ」

「なァッ!?」

「もちろん、そんなことはめったに起こらないから安心しろ。如何いかんせん、実力の差があり過ぎるからな、本気を出すまでもないんだ」


 城崎の顔に冗談の色は見られなかった。


「さぁ、どうする? ここは訓練用のアリーナだ、ちょっとやそっとじゃ壊れはせん。もし、それ以上続けるというのなら……」


 城崎は柄を掴み、ニヤリと口角を上げた。


「それ相応の“対応”をするまでだ」

「くッ……」

「もう一度言う、ここにはここのルールがある。家の看板に傷をつけたくないのなら、今すぐに自分の教室に戻れ」

「ッ……はいはい、わかりましたよ」


 五人はアイラから離れると、出口に向かって歩き出したが、城崎の横でふと立ち止まる。




「――覚えとけよ?」

「ふっ。その口が開かなくなる前に、早く行くんだな」




 一瞬のやり取りの後、五人の後ろ姿が見えなくなると、城崎は「はぁ……」と息を吐いた。


「大丈夫か? ハーヴァン」

「は……はい……っ、これくらい……ッ!」

「どうやら、大丈夫ではないようだな」

「……アイツ……ッ」


 手のひらに食い込んだ爪跡から、屈辱の血が流れていた。

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