第11話 アイラの死闘

 敷地内にある第一訓練用アリーナ。


 一万人を軽く収容できる広さと大抵の衝撃に耐えられる頑丈な造りになっており、主に実技の授業で使用される。


「…………っ」

「フッ」


 グラウンドの真ん中で、アイラとお坊ちゃまが向かい合う。


「……やっぱり、ついて来るのね」


 アイラの視線が、後ろに控えている四人のメイドに向けられた。


「ああぁ。僕のメイドたちは、この学園に通いながら僕の身の回りのことをしてくれている。ついて来るのは当然のことだ」

「そんなの、見ればわかるでしょ? ていうか、その年で『坊ちゃま』呼びなんて恥ずかしくないの?」

「フンッ。僕は正真正銘、本物の坊ちゃまだから恥ずかしくもなんともない!」

「……あっそ」


 ――たった一言で汗だらけじゃない…………キモっ。


 引かれていることにも気づかず、坊ちゃまは腰に手を当て、自慢気な表情を浮かべている。


「さすがです、坊ちゃま」


 アイラのことを耳打ちしていた黒髪メイドが何度も頷き、


「坊ちゃま、カッコイイ~!」


 その隣で活発そうな紫色の髪のメイドが「フゥウウウ~!」と盛り上げる。


「「………………」」


 そして、反対側にいる顔が瓜二つの小柄なメイド二人は、無言でパチパチと拍手を送っている。


 ――アイツも大概だけど、周りも変わらないじゃん……。


「どうだ、決まっただろ?」

「…………はぁ?」

「坊ちゃまの迫力に恐れおののいているのです」

「坊ちゃま、カッコよすぎ~!」

「「………………」」


 パチッ……パチッ……


「ハッハッハッ! ハァ~~~ハッハッハッ!!!」


 ――ほんとになんなの……。


 困惑して緩んだ気を引き締めるため、テーピングで巻かれた手をギュッと握りしめる。


 ――こんなヤツなんかに負けて堪るもんですか……っ!!


「さっきも言ったけど、アタシが勝ったらあの子に謝りなさい!」

「いいだろう。まあ、君が勝つようなことは決してないけどね」

「なんですって……?」

「フッ。しかし、勝利の報酬がそちら側にしかないというのは、不公平だと思わないか?」

「え? 全然」

「っ……そこでだ! もし僕が勝ったら……土下座、してもらおっかな?」

「いや、人の言葉を聞いて……って、なぁっ……なんですってぇ~!?」


 驚きのあまり後退るアイラは、目を見開き、口を大きく開けた。


「おや? 嫌とは言わせないよ? なんたってこれは、君から――」

「“ドゲザ”って、なに……?」


 ………………。


 次の瞬間、アイラ以外の全員が揃いも揃って『ズコーッ』と倒れた。


「え、なに急に倒れてんの?」

「ど……土下座っていうのは……地面に三つ指ついておでこを擦りつけることだっ!!」

「? ミツユビ?」

「その辺のことは後でじっくり教えてやる!」


 起き上がりながらアイラを指さす坊ちゃま。


「はあ~? アンタに教えてもらうことなんてなにもないわよ! 坊ちゃま? プークスクスっw」

「!? ひ、引き返そうと思っても、もう遅いからなッ!?」


 そう言って、坊ちゃまは腰のホルダーから出した魔剣を構えた。


 柄に施されている金色のコーティングが日差しに反射することで、視界一面に眩しい光が広がる。


 ――うわぁっ、眩しっ……!! ていうか、なにあの金ピカ……趣味ワル……


「さあ、君も構えるんだ」

「っ……言われなくたって!」


 アイラもスカートのホルダーから魔剣を出すと、あの言葉を叫んだ。




「――魔剣、展開っ!!」




 アイラの声がグラウンドに響き渡った瞬間、柄の先に銀色の刀身が出現した。


「フッ。学生用とは笑わせてくれる」

「ッ……さっさとアンタも展開しなさいよっ!」

「そうかすものじゃない」


 そう言って柄を持った手をアイラに向けた瞬間、




「…――――フッ。行け、僕のかわいいメイドたち」


「「「「ハァッ――!!」」」」




 まるで主の言葉を待っていたかのように、後ろに控えていたメイドたちが一斉に飛び出してきた。


「――おとなしく貫かれなさい」

「えっ、ちょッ――!?」


 正面から距離を詰める黒髪メイドの魔槍まそう<ランス>を魔剣で受け止めることはできたが、その衝撃で手首に痛みが走る。


「……ッ!! な、なによ、これーッ!! アンタが闘いなさいよッ!!」


 アイラが叫ぶと、坊ちゃまは前髪を指で弄りながらニヤッと笑った。


「勝負の了承はしたが、『僕が闘う』とは一言も言っていない!」

「なぁッ!? ひ、卑怯よッ!!」

「僕の言葉に従い、僕の意思で動く。僕から言わせれば、彼女たちは魔剣と変わらないのさ」

「アンタ……サイテーよッ!!」

「――戦闘中によそ見をするとは」


 注意が別の方向に向いた瞬間、ランス使いが素早い動きで後方にジャンプすると、視界に丸い影が入った。


「ハァァァアアアアアアアアアアッ!!!!!」

「――――…ッ!?」


 振り返ったときには、刺の生えた鉄球がアイラに向かって放たれていた。


「潰れちゃえええええええっ!!!」

「このッ…――――」


 辛うじて魔剣で受け切ることはできたが、ぶつかった衝撃で体勢が崩れたその隙を――――二人のシューターは逃さない。


「――遅い」

「――残念」


 アイラの左足が浮いた瞬間、軸となる右足の膝をピンポイントで狙撃した。


 動きを完全に封じるために――。


 ――ぐァッ!!


 重心がかかっていたため、そのダメージは通常時を遥かに凌ぐ。


「あッ……!! ああああッ、ああ……ッ」


 右膝が言葉にできない痛みに襲われ、アイラはその場に倒れ込む。


 ――ッ……ランス一人に……鎖付き刺鉄球が一人……あと……ライフルが二人……ッ!!?


「……プフッ、アハハハハッ!!!」


 多種多様な魔具で攻撃を仕掛けてくるメイドたちに苦戦を強いられるアイラを、離れた場所から見ていた坊ちゃまが腹を抱えて笑う。


「いいぞぉーっ! もっとやれー! やってしまえぇえええーーーっ!!」


 ――アイツ……っ!!


 だが、気を緩める余裕はない。


「――オラァアアアアアッ!!!」


 遠心力によって加速した刺鉄球が再び襲いかかってきたからだ。


「潰れるわけが…ないでしょうが……ッ!!」


 間一髪、横に転がることで躱すことはできたが、右膝の痛みで立ち上がることができない。


「うッ……」


 なんとか痛みに耐えるも、ランスが一直線に距離を詰める。


「――ッ!? ――あがッ……!!」


 また受け止めようとするも、膝の痛みで踏ん張ることができず、衝撃によって吹き飛ばされたアイラが地面を転がる。


「ぐッ……このままじゃ……ッ」

「――ふっ」


 ランス使いが素早くジャンプすると、後方で構えていたライフルの弾丸を一身に浴びる。


「ッ……ぐッ……!!」


 執拗に狙ってくる右膝を庇えば、空いている上半身が無防備になる。


 ――どうしたらァ……ッ、いいの……ッ!!


 魔剣を盾として使うアイラだが、その絶え間ない攻撃によって体中に次々と痛々しいキズが刻まれていく。


「守っているだけじゃ勝てないよ? ほらっ、攻撃してごらん?」


 坊ちゃまのその一言に、アイラの怒りが頂点に達した。


「ッ――いいわッ!! 覚悟しなさいっ!」


 アイラが歯を食いしばって高くジャンプすると、刀身から紅黒い魔力の粒子が溢れ出す。


 それは魔剣を包み込み、巨大な魔の刃を形成した。――――だが、




 バキッ――




 悲鳴を上げた刀身が――――砕ける音がした。


 ――――ッ!!? ……ウソ、でしょ…――――また……


 なんとか地上に着地するも、柄だけが残った魔剣に気を取られていたのが命取りだった。


「ハァッ――アッ……ハァッ…――――」


 ――もぉ……止めて……


 アイラは激しい勢いで地面を転がり……そして――――力尽きた。




 ――――…アイラの……完敗だった。

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