第10話 アイラの怒り

『勘違いされることが多いんですけど……ほんとはとても思いやりのある人なんです』


 ――アタシには、そうは見えないんだけど……


 数日前に聞いたこの言葉が、一向に頭から離れようとしない。


 授業中も、食堂で食事を取っているときも……。


「はぁ……」


 とため息をこぼしながら廊下を進んでいると、




「――おい、誰が僕の前を通っていいって言ったァッ!?」




 ――ん?


 下品な声が耳に入り、アイラは小指で耳の穴をいた。


 ――あぁー、かゆい、かゆい。……誰よ、大声なんて出しているのは……


 声のした方を見ると、苦悶くもんの表情を浮かべた女子生徒が窓にもたれかかっていた。


 壁に突き飛ばされたのか、打ったと思われる肘を手のひらで擦っている。


「うっ……」

「やれやれ、被害者ぶるのは止めてもらおうか。それじゃあまるで、僕が悪者みたいじゃないか」


 ――なに、アイツ……。大衆の面前で……。


 加害者は、廊下の真ん中で憎たらしい顔で女子生徒を見下ろしている。


 ポッコリと出ている腹部と、額から滝のような汗をかいているその姿は、まさに『お坊ちゃま体型』だった。


 さらに、なぜか後ろに“メイド”を四人も引き連れているのだから、趣味が悪いことこの上ない。


「…………はぁ」


 ――誰も助けようとしないし……。


 目の前で起きている状況を見て見ぬふりをする同級生たち。呆れてものが言えない。


 ――このまま、見過ごすわけにはいかないわね……。


 アイラはもう一度ため息を吐くと、敢えて大きな足音を立てて立ち塞がった。


「僕に、なにか用かい?」

「そーゆーの、止めなさいよね」

「誰だ、君は?」


 すると、斜め後ろにいたメイドが耳打ちで囁く。


「坊ちゃま、“あの”アイラ・ハーヴァンですよ」


 ――おぉーい、聞こえてますけどー。ていうか、『あの』って、なによ。


「アイラ? 知らないな~……あ、思い出したぞ! この前の実技の授業でフルボッコにされていた“落ちこぼれ”――」


 ――――…ッ!!


 今のアイラに、その言葉は禁句に等しい。


「……この子に、なにをしたの……答えなさいッ!!」

「フッ。そんなの、僕が通る道を塞いでいたから退いてもらったに決まっているだろ?」


 生意気な態度にも腹が立つが、なによりもこのニヤッとした顔がムカつく。

対面しているだけで反吐へどが出る。


「ところで、どうしてそこに立っているのかな? 邪魔だよ――――“落ちこぼれ”」

「――ッ!! ……いいえ、退くつもりはない」

「なに?」

「この子に謝りなさい。……今、ここでッ!!」


 と言われて男子生徒は徐に顔の前に手を上げると、首を横に振った。


「やれやれ、君は誰に向かって指図しているのかわかっているのかな?」

「……ふっ、その生意気腐ったブッサイクな顔に向かって言ってんのよ!!」

「な、なんだとォオオオオオッ!?」


 坊ちゃまにとっての禁句は、どうやら『ブサイク』だったようだ。


 ――今はそんなこと、どうでもいい……。どうしても謝らないって言うのなら……




「アタシと…………勝負しなさいッ!」

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